ベルンシュタイン III

ベルンシュタイン III 動作の起源について(13)

錐体路系はいかにして錐体外路系を呑み込んだか

 「錐体外路運動系は、極限まで発達した後にもなお、生物学的にみると多くの不便な点を根強く残していた」という主張は、単なる推測ではありません。「旧式の」爬虫類を一掃してしまった哺乳類が、脳‐運動系の発達において革新的な飛躍を遂げたという事実にもとづいた推論です。哺乳類の脳-運動系は、まず第一に、最高度に発達して階層的に組織化されました。最も原始哺乳類でさえ、鳥類や爬虫類よりも大脳皮質がずっと大きく広がっていました。さらに重要なことに、この大脳皮質は主要な役割を果たしはじめていました。線条体と小脳は鳥類でピークに達していたが、哺乳類では退化しはじめ、場合によっては使われないことすらありました。哺乳類の運動皮質は、体幹から手足の隅々にわたる感覚器すべてに対応する部分をすでに備えていました。

実はここに落とし穴があるような気がします。
人間はあまりにも大脳皮質に頼りすぎているのではないか、という疑問です。
大脳皮質には身体の部分に対応した脳の分布があります。
地図のように繋がっている、という仕組みです。
実は、この地図の形と人間の外見はかけ離れています。
ペンフィールドという脳外科医の先生が、脳外科手術中に脳に皮質に電極をあて、作りました。
それぞれ体の部分が脳のどの部分に対応しているのか、という地図です。
脳の地図そのままを形にすると、手とくちびるが大きく、足が細い、ちょっとしたクリーチャーっぽいものができあがります。
それをホムンクルスといったりします。

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ホムンクルスとは、もともとはヨーロッパの錬金術における架空の人工生命体のことです。
錬金術は昔のSFのようなものですが、でも当時は大真面目に取り組まれていました。 
錬金術のホムンクルスは、フラスコの中でしか生きられない小さな小人でした。
脳の分野では、ホムンクルスは機能局在論における体性感覚(深部感覚や皮膚感覚)を再現したものです。
それぞれの体の部分が脳でどれくらいの表面積を占めているのか、という模型です。
触った感覚や、筋がいまどれくらいか、という感覚は、たしかに手先や唇では繊細です。
動物の場合でも、人間と同じ方法でホムンクルスをつくることができるそうです。
ネコやネズミだとヒゲの部分が大きくなります。
動物にとって一体どの部分が大事か、ということを示しています。
(参考図書:池谷祐二『進化しすぎた脳』p47-50)

思い出してみましょう。
固有感覚の受容体が多いのは、首の筋と仙腸関節と足の裏でしたね。
深部感覚と固有感覚はほぼ同じと捉えてかまわないと思います。
でもホムンクルスでは腰の部分は小さいです。
仙腸関節の感覚はどこで捉えられているのでしょうか。
体幹の運動の命令は、レベルAが担っています。
仙腸関節は、太もも(大腿)の影響を受ける関節でもあり、脊柱の影響を受ける関節でもあります。
下肢の最も根元にある関節、といってもよいでしょう。
運動の指令の中枢が体幹に近いほど古い脳になっている、とするならば、ホムンクルスで人体で足りていない部分の感覚を受け取るのは、大脳皮質ではなく、それよりも古い中枢神経が担っている、と私は考えています。
そういう文献があればみつかればいいのですが。
ホムンクルスというのは、表在感覚が優位に出てるのではないか、と思います。
脳の階層化により、感覚器官も運動と同じような進化をたどります。

  たとえば、魚とカエルでは、網膜から視覚の脳中枢まで一つのステップしかなく、情報は一本道をそのまま伝わります。いっぼう人間では、眼から高次の視覚皮質中枢(19野と呼ばれる)まで4つのステップがあります。この数は、十分に発達した錐体外路運動系のステップと同じです。このような高次感覚野の領域では、組織の階層化は質的な向上を意味します。階層システムでは神経伝達時間が遅くなるが、運動に比べたら視覚や聴覚では比較にならないほどのわずかな遅れにしかなりません。理由は簡単で、脳から脚の筋までの長さは人間で約2メートルあり馬や象ではもっと長いですが、眼や耳は大脳皮質からセンチメートルの単位で側れる程度しか離れていないからです。

こういうふうに、けっこう物理的な長さとか重さとかは、そのまま人間の仕組みを決めていきます。
骨折の外科手術なんかも、大工さんが金槌やノコギリでトンカチとやるのと似ているそうです。
下肢の静脈瘤なんかも、強いストッキングで締め上げる、という物理的というか、けっこう原始的な方法で対処するのが実情のようです。
私も強めの靴下を履いています。

 脳皮質にすべての種類の感覚信号がほぼ完全な状態で装備されるに至る過程で、動作を制御する中枢の権力もまた自然に増大していきました。それと同時に、脳と筋が離れて間接的にしか結合していない不便さが徐々に増していきました。ここで、他の場合とは対照的に、生物は徐々に注意深く調節するという道をたどるのではなく、むしろ、ゴルディアスの結び目を断ち切る伝説のごとく一気に解決する道を選びました。このような解決例は、脳の歴史の中では他に類を見ません。皮質の細胞からは、途中に何の中継点もなく直接脊髄の運動細胞まで特別な神経路が伸びていますが、これは神経科学の黎明期に錐体神経路と名づけられました。脳にもともとあった運動系のほうは迂闊にも錐体外路(錐体路ではない、錐体路の外にある経路)と名づけられてしまいました。

レベルCからの命令、つまり線条体から筋へと伝わるためには、CからB、BからA、Aから脊髄、脊髄から筋という具合に、四つの連続した神経伝達リレーが必要になります。
間接的に伝わるので間接賦活経路=錐体外路、でしたね。
錐体路は、直接賦活経路ともいわれます。
錐体路という、人間が人間らしい動作を行うための神経の命令の道が開通しました。
これで、手先を器用に動かしたり、表情を豊かに作ったりすることができるようになりました。
つまり、大脳皮質の命令をそのまま伝える、ということですね。
これはホムンクルスに対応しています。
感覚を受け取ること(大脳)と命令を出すこともいっしょに進化した、と考えたほうがしっくりきます。
感覚を受け取る場所と命令を出す場所がずれていて、片方がまだ進化して脳がなかったら、その運動はできませんよね。
運動は感覚の調整によって可能となる、のですから。

錐体路は錐体交叉という場所で反対側に80~90%程度が交叉していきます。
交叉しない線維は、脊髄の腹内側を下行します。
これらが支配するのは、体幹の回旋に関与する体幹の筋です。
(参考図書:マーク L.ラタッシュ『運動神経生理学講義』p163)
この交叉しない錐体路は、前皮質脊髄路、または腹側皮質脊髄路になります。
前皮質脊髄路は、体幹の制御に関係しています。
なぜ交叉するのかは、文献がまだ見つけていません。
ちなみに視覚も交叉しています。
進化的にみて新しく開通した錐体路は、なぜ交叉するのでしょうか。
また、なぜ体幹の制御は交叉しないのでしょうか。

視神経は半分だけ交叉しています。立体視が関係していると言われています。
魚とか爬虫類は全交叉です。
カエルはオタマジャクシのときは全交叉で、カエルになると半交叉になるそうです。
(参考図書:池谷祐二『進化しすぎた脳』p151)
なんだか私も書いているうちに混乱してきたので、別記事に譲りたいと思います。

 錐体路運動系の出現と発達は、決して以前からある錐体外路運動系の排除を意味しません。錐体外路運動系の衰退は、神経核のわずかな縮小(退縮)にすぎません。両生類と鳥類が線条体を発達させたとき、淡蒼球によって制御される動作のリストは排除されることなく保持され、線条体によって制御される新しくより複雑で多様な動作がこのリストに付け加えられました。同様に、哺乳類は遠い祖先がしていたような動作(および動作の要素)のために錐体外路運動系を保持しました。大脳皮質が所有する運動器官である新しい錐体路運動系は、先ほど見たように、なんらの中継ステップなしに直接脊髄の運動細胞に連絡しますが、これは哺乳類が古い運動神経核の能力を越えたまったく新しい動作と活動を行うのに用いられました。これらの新しい動作は、主に何かを狙う、さわる、つかむ、強く正確に打つ、正確に遠くまで投げる、正しく注意深く計画的に押さえるなど、正確で、精密で、目標をもった動作を含んでいました。これらの単純な動作は徐々に発達して、対象物を操作したり、道具を使ったり、さらには有意味な労働をしたりするなど、多くの有意味な一連の行為が出現しました。

病気やケガなどで組織を使わないと、その組織はだんだん働かなくなってきます。
これを廃用といったりします。
デスクワークばかりだったり、病気でベッドに寝てばかりだと、だんだんと使わない機能が落ちてきます。
いつのまにか、指先で作業をしたり、挨拶だけに顔の筋肉を使うだけになってしまって、錐体路の運動ばかりつかってしまう、ということが起こりえます。
手先の動作、球技、表情は錐体路が活躍します。

 鳥類や、とりわけ爬虫類と比較した場合、哺乳類は攻撃や狩りなど一回性の、目標をもった動作のレパートリーをより多くもっています。これらの行為は型にはまったものではなく状況に応じて変化し、きわめて正確ですばやい適応性を示します。これらのことは、唐突に出くわした難局をうまく切り抜けるために学習していない新たな運動の組み合わせをすばやく創り出す能力が向上したことを示しています。音楽にたとえるなら、哺乳類は記憶や楽譜にもとづいた演奏をすることがどんどん少なくなり、かわりに即興演奏がどんどん増えていったということです。この傾向は、哺乳類が絶えず運動スキルを身につける能力を増していったことを説明します。つまり、哺乳類はよりトレーニングの効果が高いです。哺乳類は、毛づくろい、洗顔や手洗い、爪研ぎ、蚤取り、食物の準備や加工など、自分で身のまわりの世話をしたり身だしなみを整えたりする動作をより多くより多彩にもっています。

型については、人はある動作をみにつけるために型に自分の動作を当てはめて練習したりします。
これは自由度を操作するためです。
適応力が高いのはいいことなのですが、その状況に応じた最適の動作というのは限られてきます。
そのためにヒトは練習します。

哺乳類の生活には、いつも家族と子供の教育が中心にあります。誰しも、親ネコが、半殺しにしたネズミを仔ネコの目の前に連んできて教育している光景を見かけたことがあるでしょう。あるいは、動物園の母ライオンや母トラが優しくも毅然たる態度で子供を「教育的」にぴしやりとたたくのもありふれた光景です。オオカミやマーモセットやビーバーの母親も、日常生活に必要な諸々の活動を子供に仕込みます。家族はまた、爬虫類が知ることのなかった数多くの感情と経験を産み出しました。たとえば、愛着、自己犠牲、感謝、服従、友情などです。連鎖的行為とともに、中間的段階の行為も豊富になりました。たとえば、社会的なゲーム、教育の目的で例を示すこと、対象物の操作などです。鳥類は信号としての音と歌としての音を使うことができます。哺乳類は、ほとんど言葉といってもいいような、数多くの表現に富んだ意味ある音を発します。賢いイヌの鴫き声をさまざまな状況で聞くと、その感受性の高さと多様性に驚かされます。
 また、鳥類にはまったく存在しなかった顔の表情や表現に関する動作も現れました。喜んだり、恥じらったり、侮辱されたときにイヌが見せる変化に富んだ、言葉なしに)分かりやすい「顔の表情」には、誰しもがお目にかかっているはずです。

イヌやネコが笑うのでしょうか?
笑ったような表情には出くわしますね。
(^o^)少なくとも緊張はしていない、リラックスした表情です。
イヌがしょんぼりしているのは、(´ω`)本当にしょんぼりしているのでしょう。

 錐体神経路が機能しはじめたことによって、哺乳類の動作は特定のパターンだけに限定されなくなりました。かたや鳥類や爬虫類は、銅像のような静止状態と動作とがすばやく切り換わって交互に現れます。トカゲやカメやワニがじっとしているときは、丸太のようにぴくりともしません。オウムやフクロウが止まっているときも同じです。これらの動物はみな、頭や首や釣爪のある足をゆるりと動かしてはぴたっと止め、またぞろ動かしはじめます。動作と静止の繰り返しは、錐体外路運動系に典型的な特徴に他なりません。興味深いことに、脳疾患の患者にも同じような動きが見られることがあります。錐体路運動系が弱体化し、相対的に錐体外路運動系の勢力が強くなっているときの症状です。「錐体路」動物である哺乳類の動作は、ばねのようにもっとしなやかです。哺乳類は決して完全に静止したりしません。休んでいるときでも、頭や首を動かしたり耳を回したりぴんと立てたりして辺りを注意深く警戒していたり、習慣的なちょっとした不随意動作をしていたりします。獲物を狙ってじっと息をひそめているイヌやネコでも、ちょっと見は撃鉄を起こしたライフル統のようにじっと動かず緊張しているようだが、よくよく尻尾を観察すればそうでないのがすぐ分かります。
 ここでやっと、地球上で爬虫類王国が滅亡し哺乳類王国が現在に至るまで勢力を保ち続けた第三の、最も重大な理由に近づきました。爬虫類には大脳皮質がなく、最も高度な運動システムが錐体外路運動系だったのです。哺乳類は世界に大脳皮質の原理をもたらし、その限りない能力を披露しました。錐体路運動系は、温血動物の横紋筋を駆動するきわめて優れた装置となりました。その最も重要な利点は、動作のすばやさや強さや正確さであり、個人の生活経験を蓄積する無限の能力であり(親が経験を蓄積し、子に教えるという事実もこのことを助ける)、おもちやのブロックで家を作ったり文字の書いてあるカードを並べて単語を作ったりする行為にも似た、その場で即座に新しい運動の組み合わせを創り出す能力です。白亜紀に起きた外からはっきりと見てとれる出来事は、温血動物が冷血爬虫類を食い尽くしてしまうことでしたが、その内側には深く、もっと重要な出来事が隠されていました。つまりことの本質は、錐体路運動系が錐体外路運動系を呑み込んで、錐体外路運動系の残党よりも上位についたという次第です。

この記事のまとめ
◆哺乳類の運動皮質は、体幹から手足の隅々にわたる感覚器すべてに対応する部分をすでに備えてた。
◆線条体と小脳は鳥類でピークに達していたが、哺乳類では退化しはじめ、場合によっては使われないことすらあった。
◆錐体路=直接賦活経路は、皮質の細胞からは、途中に何の中継点もなく直接脊髄の運動細胞まで特別な神経路が伸びているものをいう。
◆ホムンクルスは機能局在論における体性感覚(深部感覚や皮膚感覚)を再現したものであるが、固有感覚の分布の多い部分とは整合していない部位がある。
◆錐体外路運動系の衰退は、神経核のわずかな縮小(退縮)にすぎず、両生類と鳥類が線条体を発達させたとき、淡蒼球によって制御される動作のリストは排除されることなく保持され、線条体によって制御される新しくより複雑で多様な動作がこのリストに付け加えられた。哺乳類は遠い祖先がしていたような動作(および動作の要素)のために錐体外路運動系を保持した。
◆大脳皮質が所有する運動器官である新しい錐体路運動系は、なんらの中継ステップなしに直接脊髄の運動細胞に連絡するが、これは哺乳類が古い運動神経核の能力を越えたまったく新しい動作と活動を行うのに用いられた。
◆錐体路の担う新しい動作は、主に何かを狙う、さわる、つかむ、強く正確に打つ、正確に遠くまで投げる、正しく注意深く計画的に押さえるなど、正確で、精密で、目標をもった動作を含んでいた。これらの単純な動作は徐々に発達して、対象物を操作したり、道具を使ったり、さらには有意味な労働をしたりするなど、多くの有意味な一連の行為が出現した。

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(12)

脳の進化と動作の関係について、次は鳥類です。
もしヒトに天使のような翼があっても、骨が重いので飛べません。
鳥類が到達したのは、線条体といわれる神経核の構造までです。
人間にも線条体はあります。

鳥類が到達した運動

 爬虫類では最高の神経核だった線条体は、鳥類に至って完成しました。同時に、平衡を保ち、「自らの身体を制御する」器官である小脳も線条体に並んで高度なレベルまで発達しました。線条体(レベルC)は複雑な神経‐筋システムを先導し、脊椎動物の神経-筋システムは段階を追うごとにほんの少しずつ発達していきました。この段階のうち最も古いものがレベルAです。次のレベルBはカエルの脳の大部分を占める淡蒼球のレベル、そしてレベルC1が線条体のレベルであり、鳥類で黄金時代を迎えました。これらのレベルがまとまって錐体外路運動系を形成しました。
 まず、そのすべての神経核(レベルと言い換えてもよいでしょう)は、上司と部下の関係にあり、いわゆる階層構造をなしています。次に、脳が新しい層を加えながら徐々に大きくなり続けたため、若いレベルは筋への神経路を新たに伸ばす必要がありませんでした。すべての筋へ至る経路はすでに整備されていたのです。この結果、多層というにふさわしいシステムが現れました。

原始的な脳ほど、脊髄から少し上までしかありません。
人間の場合、脊髄の上にいくにしたがって、延髄、橋、中脳、中脳と橋の後ろに小脳、中脳の上に、間脳、最後に大脳(終脳)と続きます。
錐体外路とは、ちょっと古い運動を司る命令が通る神経の道、と考えてください。
間接賦活経路、とも言います。

 他の神経を介さず筋に直接つながる経路はすべて脊髄の神経細胞が始点になっています。この細胞は、運動神経系のいわば前駆細胞です。筋に命令を伝えるレベルAの神経核(赤核)からの経路は脊髄の運動神経細胞だけにつながっており、目的とする筋に運動神経を通じてインパルスを伝えるのは、この運動神経細胞のする仕事になります。同様に、レベルBの神経核からの神経路はレベルAだけに、レベルC1からはレベルBだけにつながっています。命令が線条体から筋へと伝わるためには、CからB、BからA、Aから脊髄、脊髄から筋という具合に、四つの連続した神経伝達リレーが必要になります。線条体はすぐれた運動中枢としての利点と力をもっていたが、一方でこの歴史的に確立された装置には多くの欠点がありました。ロレント・ド・ノーら科学者の正確な測定によると、その欠点の一つとしてあげられるのは、神経伝達リレーは付加的な時間がかかるという点です(生理学ではこのような時間をシナプス遅延と呼ぶ)。この時間は温血動物では非常に短いです。当然ながら冷血動物になるともっと長くなり、もともと短くないこの神経プロセスが三、四回も繰り返されようものなら、哺乳類との差はますます広がってしまいます。

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ものすごく単純にいうと、
レベルAは赤核まで。脊柱で平滑筋のような、無脊椎動物に近い動きができます。「ゆっくり」「なめらか」「体幹」
レベルBは淡蒼球まで。魚やカエルの動きができます。「手足をすばやく」
レベルCは線条体まで。鳥の動きができます。「走る、跳ぶなどの移動全部」「止まる、動くの切り替え」
そして、レベルCを起こしたい時にはBとAも経由する必要があります。
脳を継ぎ足していったので、信号を繋ぐためにはリレーする必要がある、というわけです。
ヒトの延髄には呼吸のための中枢があります。
ここが破壊されると、息ができなくなって死んでしまいます。
脊髄に近い脳ほど、生命の維持に深く関わってきます。
原始的な脳を持っている生命体はそれしか持ってなくても生きていますからね。
延髄の上に橋があり、その上が中脳です、
赤核は中脳にあります。大脳に比べてだいぶ下ですね。
中脳の後ろに小脳、中脳の上に間脳があって、そのうえが大脳です。
淡蒼球や線条体は、大脳基底核と呼ばれています。
つまり、大脳だけれど、底の方にある、つまり発生学上古い、ということです。
小脳については、先日NHKの番組の中で、陸上選手のフライングの限界時間を超える現象に関わっているのではないか、という番組がありました。
いまは小脳についての研究がけっこう盛り上がっているような感じです。
小脳は赤核とのループがあります。
小脳は多関節や多肢の運動の記憶と協調というような幅広い機能に関係している、といわれています。
ちなみに平滑筋とは、横紋筋よりも前にできた筋で、内臓などにある筋です。
移動などの運動には向いていません。
胃腸などで食べ物を動かしたりしています。

 錐体外路運動系は鳥類で完成度の頂点に達しました(鳥のように、一般的に小さくて体温がとても高い動物では、錐体外路運動系の欠点は巨大爬虫類と違ってほとんど目立ちませんでした)。鳥の高度に発達した感覚器官は、走る、飛ぶ、よじ登るなどすべてのタイプの移動能力について完璧な命令を出しました。このような動きはすべて、魚やヘビのような体幹を使う種類のものではなく、進化的に新しい体肢を使う種類のものでした。飛ぶためには、感覚に基づいて完璧に平衡を制御することが重要になりますが、このことは人間自身が空を飛ぶようになってはじめて明らかになりました。動作を調節したり抑制したりすること、さらには完全な静止とゆっくりとした動きとすばやい動きを切り替えて行う能力は、爬虫類で発達しはじめました。この領域で鳥類は高い完成度と多様性を獲得するに至りました。最終的に、鳥類の運動リストには、爬虫類にない鳥類特有の動作が含まれています。まず第一に、鳥類は複雑な本能を数多くもちます。本能によって制御される鳥類の活動は、非常に高度なスキルが駆使されており正確で完璧であるために、そういった活動が、人間の労働に似た、認知にもとづく意識的な活動であるかのような印象を与えてしまいます。しかしその印象は大間違いです。そもそも、鳥類には認知の器官すなわち大脳皮質がありません[現在では、鳥類が大脳皮質の相同体をもつとする立場も存在します]。加えて、直接的な分析からも、人間に似た鳥の活動と、人間の知的活動自体とのあいだには大きな隔たりがあることが分かっています。
 鳥は、いつもとはほんの少し違うことをする必要があったり、些冊な事柄を考慮する必要があったり、ほんのちょっと予想外の状況に出くわして工夫が必要になったりすると、突如として慌てふためいた反応を示します。その反応は、もっと下等な動物ですでに観察されたものとなんら変わりはありません。すなわち、渡り、巣造り、孵卵やひなへの給餌など本能による印象的な活動は、みかけが本物の知的活動に似ているだけなのです。真の知性はまがいものと違って、ちょっとやそっとの障害にはびくともしません。
 それでもこうした本能は高いレベルの意味ある生物学的適応を示しており、鳥類以前の脊椎動物と比較しても明らかに鳥類の運動能力のほうが優れていることがわかります。
 第二に、鳥類は家族で生活し、ひなを自ら教育します。この点は、爬虫類とは対照的です。母や母らしさという概念がこの地上に現れたのは、鳥がはじめて卵を孵らせたときです。この出来事は深く根本的な重要性をもつのですが、このことに関連して動作の豊かなレパートリーが新たに加わりました。餌を与えたり、ひなの面倒を見たり、飛ぶことを教えたり、そういった教育に直接結びつく行動が豊富になったのです。これらに加えて、「家庭をもつ」鳥は、羽繕いをしたり、巣の掃除をしたりするなど、自分の身のまわりの世話に関する複雑な動作のレパートリーも幅広くもっていました。鳥はまた、相手の気をひいたり警戒したりするための表現力豊かな音声や事実上の歌を生みだしました。ただ鳴きわめくだけのカエルとはわけが違います。それから踊りも生まれました。概して、鳥類の運動能力の上限は爬虫類よりもはるかに高いです。しかし上限が高いとはいえ、一つだけ足りないものがありました。大脳皮質です。そのため鳥類は、たとえ生まれつき才能があって高度に発連していても、自分の経験を蓄積したり、新たに複雑なスキルを獲得したりするには適していなかったし、とりわけ予期できないような運動の問題を巧みに解決するのには向いていませんでした。

現代で大きな問題になっている、家庭の育児での虐待、ネグレクト(無視)ですが、家族の愛情を十分に受けていない子どもは、その後の知能発達にも悪影響がでることが指摘されています。
他者とのコミュニケーション、愛情表現、歌や踊りといったことが、進化を促して人間が地上に現れた、という話ですが、いい話ですね。
人間らしさ、ということを人間しかできないこと、と定義すると、そういったことになるでしょうか。
また、欲望と表現されるようなことに誘惑されたり、負けたり、弱かったり、悩んだりすることを人間くささ、とかいいますね。
そういうことに悩めることも人間の特権です。

この記事のまとめ
◆レベルA:赤核まで。無脊椎動物に近い動き。脊柱で平滑筋のような、なめらかで、ゆっくりとした、経済的な収縮で中程度の力を発揮することができる。筋緊張に関わる。
◆レベルB:淡蒼球まで。魚やカエルの動きができる。手足を制御し、全か無かの法則にしたがい、素早い動きができる。
◆レベルC:線条体まで。鳥の動きができる。走る、飛ぶ、よじ登るなどすべてのタイプの移動能力について完璧な命令を出せる。体幹ではなく体肢がメインとなる。動作を調節したり抑制したりすること、さらには完全な静止とゆっくりとした動きとすばやい動きを切り替えて行う能力を担う。
◆レベルCは自分の経験を蓄積したり、新たに複雑なスキルを獲得したりすることや、予期できないような運動の問題を巧みに解決するのには向いていない。
◆小脳は赤核とのループがある。
◆命令が線条体から筋へと伝わるためには、CからB、BからA、Aから脊髄、脊髄から筋という具合に、四つの連続した神経伝達リレーが必要になる。

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(11)

恐竜の絶滅については、現在では巨大隕石(小惑星)の落下が原因とする説が最有力です。

6500万年前の地層で、メキシコのユカタン半島に巨大なクレーター跡が残っています。

この説が有力となったのはベルンシュタインの没後でした。

ベルンシュタインは進化の立場から恐竜の絶滅について考察しました。

恐竜(爬虫類)は、鳥類に進化しました。

実際、有名なティラノサウルスはニワトリと遺伝子が近い、という研究結果が近年提出されました。

地上に現れた生物の中で最強とも言われるティラノサウルスが、ヒトが食べるニワトリと近い、というのはなんとなく哀愁が漂ってきます。

チキンはおいしいですね。

大好物です。

覇権争い

  爬虫類が滅亡したのはなぜでしょうか? 理由はいくつかありますが、それらは動作と運動の協応の本質についてより深い洞察を与えてくれるので、私たちにとって非常に興味深いものです。

 まずは一つめの理由。ジュラ紀と白亜紀の爬虫類はあまりに大きすぎました。物理学で知られているように、化学反応の速さは温度との相関をもちます。つまり反応は温度が高ければ高いほど遠く進みます。この法則は神経一筋系内での出来事にもあてはまります。電気化学的な興奮信号、つまり神経インパルスの伝達スピードが冷血動物と温血動物で大幅に異なることはよく知られており、正確な測定も行われています。興奮の波はカエルの神経を秒速8~10メートルで伝わるのに対して、ネコや人間では秒速100~120メートルにも達します。さらにこのスピードは、神経の種類(運動神経が最も速い)と体温だけに関係しており体の大きさには関係ないことが分かっています。以上のことから、巨大な爬虫類の神経を伝わる神経インパルスのスピードは、現代のカエルやワニと変わらないと考えて差し支えないでしょう。ここで簡単な計算をしてみましょう。

 体長が30メートルにも達する巨大な爬虫類の後ろ脚に何者かが噛みついたとします。噛まれた爬虫類は痛がり、脚を後ろにグイッと蹴って噛んだ奴を蹴飛ばそうとします。このときまず、痛みが感じられるまでには神経インパルスが6メートルの脚、10メートルの胴体、10メートルの首を伝わらなければなりません。全行程は26メートル、行きで3秒かかる計算です。運動指令が脳から脚の筋に運するまでの帰りの時間も行きと同じだけかかると仮定しましょう。さらには、脳内の反応も少なく見積もって1秒はかかることを考慮しておく必要があります。噛まれてから脚を動かすまで、7秒かかることになります。時計の秒針を眺め、7秒経過するのを辛抱強く待ってみましょう。随分と長い時間です。それに、5フィートもある足の筋が興奮して収縮し、天高くそびえ立つ脚を動かすためにかかる時間も忘れてはなりません。

 そうすると、たとえば敵がライオンや、当時いた体長が3メートルほどのサーベルタイガー(化石獣)の場合にはは反応時間が5分の1秒たらずで済むので、そのような温血肉食動物ならば巨大な爬虫類が何かを感じて意思決定をする前に、脚を完全に食いちぎってしまうことができたはずです。私たち自身がそのような闘いを目撃しているのを想像するとしたら、食われている巨大爬虫類が途切れ途切れにうめき声を漏らすのを、きっとこんなふうに翻訳するだろう。「なんだか・・・だれかに・・・かまれて・・・いる・・・みたい・・・だ!」。このような闘争の結果は目に見えています。

現在は、恐竜も温血動物(いまでは恒温動物というそうです)もいたのではないか、という説があります。

恐竜から進化した鳥類が恒温動物だからです。

しかし、爬虫類は変温動物です。

実際のところは恐竜が絶滅して、存在していないために分かりません。

 ジュラ紀と白亜紀にいた巨大爬虫類の骨の化石を見ると、かれらの長い首のてっぺんについていた頭は、せいぜいネズミの頭ほどの大きさしかなかったことがわかります。大きな体に比べるとあまりに小さな頭も、大部分は顔の骨格と大きな牙をもつ顎で占められており、脳はわずかばかりの狭い空間に閉じこめられていました。動作について脳に相談して返事をもらうのに7秒もかかってしまうような動物は、別に毛むくじやらの肉食動物に出くわさなくてもまともに生きていけそうにないことは明らかです。おそらく、爬虫類の運動反応はほとんど脊髄によって制御されていたのでしょう。それによって神経の伝導時間は2、3秒程度に収まりました。実際、当時の爬虫類の多くは、脊柱(脊髄の容れ物)が腰椎‐仙椎の部分で肥大しており、そこから後ろ脚の神経がはじまっていました。この部分が肥大していたということはつまり、中の脊髄も同じく肥大していたということです。実際、脳よりも大きいほどだったのです。しかしこのような体の構造では、より進んだ脳の神経核である線条体はふだんは使われず、しかも緊急時には役に立たないので、必然的に動作の質と種類が大幅に制限されることになりました。また、腰椎-仙椎の肥大部が独立することで、後肢に前肢とは独立した特殊なリズムを与えたでしょう。そんな動物の歩いている姿はさぞかし異様にみえたに違いありません。

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ヒトの脊髄も2箇所肥大化しているところがあります。

頚膨大と腰膨大です。

頚膨大はC2からTh2までに及び、C5,6付近で最大になります。そこの神経節はC6です。

腰膨大はTh9,10からL1,2で終わります。最大部はTh12の高さで最大になります。そこの神経節はL4です。

Cというのは首の背骨の上から何番目か、ということを示しています。

Thは胸の背骨、Lは腰の背骨、Sは仙骨です。

ヒトの背骨は重力に強くなるためにS字に彎曲していきます。

そのため、腰の背骨の上から1,2番目(L1,2)あたりで脊髄自体は終わります。

脊髄の順番と神経の支配はこのために下に行くほどずれていきます。

C6やL4付近の神経節は、肩や上腕、大腿を動かす筋がついています。

爬虫類で脊髄神経の太さが制御に影響してくるなら、ヒトもある程度手足の制御をこの脊髄部分に任せているのではないか、と感じますけれど、そういった文献には出会ったことはありません。

 爬虫類王国が滅びた第二の理由は、体長の大小に関わらず共通しています。一般的に爬虫類はみな、卵を暖かい土や砂の中に産むとそれっきりで面倒をみません。生まれた赤ちゃんは自分で殼を破り、一生涯を(短い交尾期間をのぞいては) 一匹だけで過ごすことになります。爬虫類は家族や教育や経験の共有といったことをまったく知らずに成長します。爬虫類の小さな脳は生まれたときから経験を積み重ねていったでしょうが、皮質のない脳(皮質の原基があるにはあったが、哀れなほど粗末な代物だった)は経験を蓄積し役立てるには適していませでした。

ウミガメが卵を産むときに涙を流している映像をみたことがあると思います。

でもウミガメも卵を産んだら生みっぱなしです。

家族や母子関係というのは、脳を進化をさらに促すことになります。

 新参者の哺乳類は、温血動物で威勢がよく、高い性能を備えた脳とそれにふさわしい運動のレパートリーをもっており、爬虫類の対戦相手としては強すぎました。体は小さくとも巧みさを備えた肉食の哺乳類は、巨大な爬虫類に襲いかかり、あっという間に食い尽くしてしまいました。かれらにとって巨大な爬虫類は、敵というよりむしろ、鈍重な、お膳立てされた肉の山にすぎませんでした。

恒温動物である、ということは素早く動くための大事な条件のようです。

世界一大きなトカゲであるコモドオオトカゲも、トラやヒョウなどに比べると動きが遅いです。

この記事のまとめ

◆神経インパルスの伝達スピードが変温動物と恒温動物では大幅に異なる。

◆巨大な爬虫類は脊髄の肥大化した部分で、脳の制御を補っていた。

◆ヒトの脊髄にも頚膨大と腰膨大という2箇所のふくらみがある。

◆哺乳類は爬虫類よりも、体温が高いおかげで動きが速い。

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(10)

弱肉強食は自然の摂理ですが、それが生物を進化させてきました。

戦争のために開発した技術が人類の文明を進化させるのと同じですね。

実はリハビリテーションという分野も、戦争で傷ついた人たちの社会復帰を目的に、大きく進歩を遂げました。

豊かになる動作

 運動が豊富になった理由は、それまでと同じように、無慈悲で冷酷なまったくの外的な理由――つまり生存をめぐる競争と闘争――によるものです。動物がどんどん繁殖するにつれて、十分な場所と食料を確保することが難しくなっていきました。必要な食糧探しを他の弱い勣物にまかせ、自分たちは、必要な栄養を摂取して半ば都合良く分解してくれた他の弱い動物を食べて生活する肉食動物が現れました。弱い動物は、自己防衛の手段として連く走ることのできる足、保護色、鎧で覆われた肌、角、蹄などを発達させました。そのような自衛手段のない動物は、真っ先に肉食動物の餌食になってしまいました。肉食動物のしていたことは、彼らには思いも寄らなかっただろうが、結果的に餌となる動物を進化させていたのです。確かによりよい自衛手段をもつ動物は、思いがけず他の種より長く生き延びて子孫を残す機会に恵まれていました。このとき、最適な自衛手段となったのが、豊かで完全な運動能力です。かたや餌を捕まえる側にも同じ法則があてはまりました。つまり、大きな牙をもっていても、のろまで知恵が足りなければ、自衛手段を発達させた餌を捕まえることができず、飢死のリスクを抱えることになります。

 このようにして動作は、力強さ、すばやさ、正確さ、持久性といった点で豊かになっていきました。はじめに、動物が解決すべき運動課題はますます複雑になり、同時にますます多様化しました。 

ベルンシュタインはサメやキツネ、トラのような動物の捕食行動について述べますが省略します。

 動作発達の二つめの側面としてあげられるのは、そのときその場で、「リアルタイムのうちに」解決しなければならない、予期せぬ一回限りの問題がどんどん増えていったことです。導入の章で見たように、ここでいよいよ巧みさの出番がやってくる。動物の動きのメニューからは思考も調節も必要ない自動的な動き、いつも同じである標準的な動きが徐々に姿を消していきました。移動運動すなわち空間の移動は、このような、いつも同じである標準的な運動の一例であると考える人もいるかもしれないが、そうではありません。魚が無限に続く均質な水の中を泳ぐ時には、実際のところ多様な運動を呼び起こすような刺激はあまりありません。しかし固い地面での移動は別です。地面には決まった通路はありません。

高度に発達した哺乳類の生活は、魚には絶対にできない複雑な運動に満ちています。生存競争がよりいっそう熾烈になると、その結果予期できないことが身の回りに溢れるようになりました。それに対応するには100分の1秒も無駄にしないで、直ちに決断でき、運動を正確にしかも巧みに実現する能力が必要になりました。学習されていない動作や運動の数が増え続けていった背景には、より複雑な脳の領域、とりわけ大脳皮質が同じように発達しつづけたという事実があります。

脊椎動物は魚類から始まり、両生類から爬虫類、そして鳥類と哺乳類が出現します。

 大脳皮質の原型は、高等爬虫類においてすでにはっきりと見られました。しかし大脳皮質が主導的な立場をとり、どんどん発達していったのは哺乳類においてのみでした。大脳皮質は無制限の能力をもつ器官であり、動物個体の生活経験を蓄積し、それらを記憶し、その意味を処理し、それをもとにはじめて出会う新たな課題を解決します。

 最も下等な脊椎動物である魚類の動作リストは、ほとんど泳ぎによる移動運動です。典型的な魚の動作は、頭のてっぺんから尾びれの先までがなめらかにうねる単調な全身のシナジーです。こうした動作は同じ場所に留まるときでも、あるいは寝ているあいだにさえも決して止まることはありません。魚は、私だちから見ればまことに哀れなこれだけの能力で今もなお十分に日々の生活がこと足りてしまいます。海がだんだんと狭くなり、そのいっぽうで逆に海の生物が増えていったとき状況は一変しました。地上への進出が目下の急務になったのです。

 脊椎動物の第二のグループである両生類についてはごく簡単に触れておくだけにしましょう。要するに両生類は単なる中間的な形態であって、個体の数においても種の数においても地球上で首位に立つことはありませんでした。非常に長いあいだ地球上に君臨していたのは、次の進化段階にある脊椎動物、爬虫類でした。爬虫類は次にくる哺乳類よりも長い期間地球を支配していたことになります(この事実は多くの脊椎動物の進化図を見れば明らかである)。哺乳類は後に爬虫類を支配的地位からすばやく確実に引きずり下ろしました(その理由は後ほど見ていく)。大昔には、海や、地上や、天空を席捲したさまざまな種類の爬虫類が数多く存在しました。そのうち生き残ったのはたった四種類、すなわちトカゲ、カメ、ヘビ、ワニだけです。今なおこれらの爬虫類は、新参の征服者である哺乳類に対して、冷酷な残忍性と猛毒を最後の武器にして復讐を企んでいるかのようです。

地上ではさまざまな種類の爬虫類が繁栄しました。ここで一つ念頭に置いておくべきことがあります。それは、爬虫類が地上と空中を制したはじめての生物であったために競争相手が存在せず、闘争のために必要な最新鋭の器官を発達させる必要もなく、労せずして勝利をものにしてしまったという事実です。少しずつ冷えはじめてはいましたが、まだまだ温暖な地球上において、有り余る食物に囲まれ、脅威となる外敵もいませんでした。そんな状況のなか爬虫類は堆肥の表面に育つ巨大キノコのように成長し続け、それ以降の地球上の動物が決して到達することのない大きさにまで達しました。

脳も一ランク上で、一対の神経核である線状体を備えていました(レベルC1)。それは両生類や魚類のもつレベルBの神経核よりも優れていたため、爬虫類はより高い運動能力を備えることができました。さらには、遠隔情報を得るための感覚器である遠隔受容器が、自分自身のために、特殊な構造をもつ最も原子的な脳構造領野の建築にはじめて着工しました。

こうして形成された構造が大脳皮質の原基であるが、今も昔も爬虫類の大脳皮質は竣工に至っていません。

脳は突然登場した横紋筋とは違い、徐々に継ぎ足されていきました。

Jp32

横紋筋の登場の仕方は他の臓器・組織とは違い、かなり特殊でした。

大脳皮質の発達は、ずっと前に発達した横紋筋の場合とは違っていました。横紋筋は、すでに見てきたように突然現れました。このためその持ち主は、横紋筋を必要に応じて調整したり変化させたりすることができませんでした。むしろ、シンデレラの姉たちが靴に無理やり足をはめこむためにつま先やかかとを切り落とそうとしたように、持ち主自身が従順に自ら調整をして横紋筋の気難しい性格に合わせました。

大脳皮質の場合は逆です。その発達の過程では念入りな準備が行われ、中間的な形態を試作したり、できばえを吟味したりしました。このような過程のすべてが今日の私たちに分かるのは、大脳皮質の生きた歴史が現代に生きる動物や私たち自身の脳に刻まれているからです。人間の脳には、レベルAやBの原始的な運動神経核も爬虫類の脳も存在します。今では、これらはもっと若くて完成度の高い脳構造によって支配されています。大脳皮質には風変わりで「時代遅れの」小さな領域があり、そこだけは他の大部分とは大きく異なっています。

 爬虫類の運動能力は、魚によって代表される一つ前の段階の能力よりもずっと豊かになりました。当時の爬虫類は、種によって走ったり、飛んだり、泳いだり、跳躍することができました。いつも動き続けている魚とは対照的です。爬虫類は銅像のようにじっとしていられました。腰の強いパン生地のようにじわりじわりと動くこともできたし、必要なときには矢のように疾走したり、正確にすばやく狙った場所までジャンプすることもできました。最後に、爬虫類はみごとな平衡感覚を身につけました。中には巧みだといってもよいほどの動きを見せるものもいました(小さなヘビと、特にトカゲ)。

じっとしているトカゲ、思い浮かぶのはイグアナでしょうか。

エリマキトカゲが器用に二本足で走る姿をご存知の方も多いと思います。

逆にいえば、人間のような立派な脳がなくとも、あそこまでの動きが可能だ、ということです。

それでは、意識と動作とはどの程度の繋がりがあるのでしょうか。

人間のような認識・意識しなければ動物は動けないのでしょうか。

おそらくこんなに意識して、考えて動いているのは人間だけです。

脳の進化と動作との関係は、また別記事でまとめます。

この記事のまとめ

◆脳の進化にしたがって、できる動作が増えた。

◆魚はとどまることができなかったが、爬虫類は止まること、走ること、ジャンプすること、優れた平衡感覚を手に入れた。

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(9)

横紋筋が出現したあと、手足が発生します。
まずは魚です。

体肢の発達

 二つめの革新は、関節のレバーと横紋筋を備えたネオキネティックシステムが確立した後、自然に現れました。その革新とは、体肢の発達です。下等な軟体動物には体肢がありませんでした。 魚類では体側部のひれが体肢の原型にあたりますが、これらは体を推進させる役目を果たしません。泳ぐときに使うのは推進器の役目を果たす尾びれと、うねりの動作で水を掻く背びれと腹びれです。側部のひれは主に深さの舵取りに使われます。また、わずかではあるが方向の舵取りにも使われることもあります。このようなひれは、のちに体肢へと変形していくのですが、それは脊椎動物が上陸してからのことでした。進化のある段階で、魚は川や沼や海が混雑しすぎていると感じました。そこで脊椎動物は、地球環境のうち水中だけでなく残りの部分をも征服しようと試みました。
 空中(トビウオなど)や地上(キノボリウオや水陸両生の魚)に進出しはじめたのです。

Jp31

車が渋滞していて、思い切って通ったことのない小道に入った感じかもしれません。
魚類の次は、水と陸地の両方で生活する両生類の登場です。
一番身近な両生類にカエルを挙げています。
オタマジャクシはカエルの子です。

 魚類の次に出現した脊椎動物は両生類です。この名は、ギリシア語の「二つの生をもつ」という言葉に由来します。両生類はすでに本物の体肢(脚)をもっており、体肢の骨格は魚のひれと同じ放射状の形、つまり手のような形を継承していました。進化はここでもその伝統にしたがって、急激な革新を避け、あり合わせの材料を使って新しい器官を創り出しました(体側のひれから脚、魚の浮袋から肺、というように)。最も身近な両生類であるカエルには、先祖代々水生脊椎動物の上陸の歴史が刷り込まれており、一匹一匹が一生の中でこの上陸劇をみごとに再現します。カエルははじめ魚として生まれます。生まれて間もないおたまじやくしのころにはひれさえなく、えらで呼吸します。その後、足と尻尾が出現すると同時にえらはなくなります。

水という環境と手足、体幹というのは重要な繋がりがあります。水を怖がらない人なら、水の中に入るとリラックスできる人も多いと思います。

 体肢の出現はきわめて根本的で重要な革新でした。体肢は、体節からなる体の構造をもたらした古来の刺激[水]がなくなると出現し、体幹の構造をつくる古めかしい原則を打ち破って発達しました。このような発達の経路を知ると、つぎのような疑問が解決します。はじめに、たとえば体肢の筋の神経支配に関しては分節化の原則があてはまるにもかかわらず、体肢はなぜまったく分節化していないのかという点。次に、もう一つの非常に重要な事実に注目しなければなりません。脊椎動物が空間移動(移動運動)を行うためにネオキネティックで大規模な運動シナジーが発達し、最終的には移動のために近代化された道具としての体肢が発達したのですが、こうした革新のすべてに対応する特殊な装置を中枢神経系が備えることを導いたという事実です。異なる綱に属する動物の脳を解剖し比較してみると、このような一連の革新は、それ以前の他のどの発達段階よりも中枢神経系が真に中枢化するのに貢献したことがわかります。ここに至ってはじめて、脳の名を冠するにふさわしい構造が登場したのです。

分節化のくだりは私も理解不足なのですが、分節とは何かというと、ゲシュタルト心理学の分野では、「一つに融合した構造をもったものが分化して、相互に関連を持つ組織的な構成部分を形成すること」とあります。
背骨の中には脊髄という太い神経の束が脳に繋がっています。
背骨の関節の間からは感覚を脳に伝えるための神経と、脳からの運動の命令を筋に伝える運動神経が伸びてきています。
脊髄は上下に連続してならぶ31個の分節で構成されていて、各分節からは前根および後根が出ます。
皮膚の感覚に関してはデルマトームといって、脊髄から伸びる神経が順番に身体の表面に並んでいます。
「体肢はなぜまったく分節化していないのか」という表現は、ちょっと難しいですが、脊髄の分節にしたがって分かれている=ムカデの姿のように1つの分節から1本の脚が出ていない、とここでは解釈しておきます。
ムカデは節足動物です。
節足動物=1つの脊髄の節に1つの足、なのかもしれません。
魚のひれを見てみると、いくつもの線が縦に走っています。
これは分節がある程度まとまっていることを示しているのでしょうか?
ちなみに、指は指先に向かって3つの節に分節している、と表現しますし、手、前腕、上腕の3つも分節構造と呼びます。
正しい解釈が分かったらまた訂正します。
まとめますと、
1.水がなくなることで、体肢が生まれた。
2.体肢が生まれることで体幹の構造が変化した。
3.体肢は筋は分節化した構造をしているが、体肢そのものは分節化していない。
4.手足を移動手段として使うために脳が発達する必要があった。
次に向かいます。

 脊椎動物の中枢神経系の中で最も古い部分である脊髄(および脊髄を頭の内まで伸ばした部分、いわば「頭部の脊髄」である延髄と脳幹)は今でも分節構造をもちます。新しい脳神経細胞は、進化の過程でいうと「魚」の時代に現れ、脚をもつ最初の動物、カエルで完成しましたが、この時点ですでにまったく分節化しなくなっていました。この神経路は、脊髄全体や、とくにすべての体肢を制御します。さらに重要なのは、両生類の運動や移動を制御する最高次の脳構造の活動(これは後の章でレベルBと呼ばれる)はネオキネティックシステムの法則にしたがうということです。つまり比較的高い電圧で、全か無かの法則に則って、すばやく信号を伝達します。それより古い脳の中枢は、両生類では体幹部の運動制御(これをレベルAと分類する)のために残っているが、原始的な運動の法則にしたがって作動します。すなわち、電圧が低く、インパルスの速度が遅く、古い化学的な信号伝達が主要な役割を果たします。人間の脳はカエルの脳と比べると偉大な王の城と粗末な小屋ほどの違いがあるのですが、驚くべきことに、そのような人間の脳でもレベルAとレベルBははっきりと区別されていて、それぞれ首および体幹部の制御と手足の制御とを分担しています。古くて分節化された体幹部のレベルAは、人間において今でもかなりの程度までそうした原始的な法則にしたがって働いています。

脳といえば、しわが入った球体をイメージすると思います。
節(ふし)の形にはなっていない、という解釈でいきます。
節とは、一般に、物の盛り上がったり瘤のようになったりして区切り目にもなっている部分のことです。
レベルAとかレベルBとかの考え方は、ベルンシュタイン独自の表現のようで、私はこの本ではじめて目にしました。
そして他の本ではまだお目にかかっていません。
ということで、一般的でないので「そういうものか」程度でよいと思います。
ここで重要な点は、分節化された体幹部の中枢神経のレベルAは、人間において今でもかなりの程度まで、電圧が低く、インパルスの速度が遅く、古い化学的な信号伝達が主要な役割を果たすという、原始的な法則にしたがって働いている、という点です。
古い中枢神経系であるレベルAは、体幹の緊張に深く関わっています。
ベルンシュタインは、のちの章で出てきますが、首と体幹(脊柱)の横紋筋に対して、内臓の平滑筋と同じような、なめらかで、ゆっくりとした、経済的な収縮で中程度の力を発揮することができる能力を持つのが、中枢神経系の最も古いレベルAである、としています。
体幹の筋緊張と水の刺激が深い関係があるのは、太古の刺激に対応した古い中枢神経が優位に働くから、なのでしょう。

この記事のまとめ
◆水がなくなることで、体肢が生まれた。
◆体肢が生まれることで体幹の構造が変化した。
◆分節化された体幹部の中枢神経のレベルAは、人間においても別ものである。
◆レベルAでは、今でもかなりの程度まで、電圧が低く、インパルスの速度が遅く、古い化学的な信号伝達が主要な役割を果たすという、原始的な法則にしたがって働いている。
◆レベルAでは体幹の筋の緊張をコントロールしている。

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(8)

原始的な動物は、骨格をもたず、ゆっくり動く平滑筋で動作し、部分的な体節の動作でこと足りていたので、感覚器官からの連続的な制御が必要になる繊細な運動制御システムは必要ありませんでした。

脊椎動物は、繊細な運動制御が必要となってきます。

感覚による調整

実行された動作と、動作の計画とを比べることは感覚による調整機能の本質ですが、これを行うためには、まず前もって運動の計画を立てなければなりません。ということは、計画を可能にするための器官をもっていなければなりません。動作や行為の複雑な系列を正しい順序で実行できるような脳やなんらかの記憶をもっていなければ、動作を比較することができません。運動が計画どおりに進んでいるかどうかを評価する基準がどこにもないからです。

遠距離の感覚器官である遠距離受容器によって、生物は全身の移動運動が可能になりました。移動運動には、全身の筋の組織化された協力的な作業、言い換えればシナジーが必要でした。そのような作業はオーケストラのようなものであり、演奏には指揮者たる脳を探す必要がありました。この大きなオーケストラの奏者一人一人、つまり各横紋筋は、古い平滑筋に比べてずっと不従順で反抗的な手下でした。こうした複雑な仕組みが、これらの筋を収縮させ続けたり(強縮)、力の強弱をなめらかに調節したりすることを中枢神経系に押しつけたのです。

原始的な生物、たとえば障害物に直面したミミズや、草の葉の端まできたカクツムリのことを考えてみましょう。このような困難が生じると、こうした動物たちはあちこちに向かって勢いよく目的のない動きをはじめます。それよりも高度に発遠しているネオキネティック動物では、感覚が動作に先立ちます。つまり、動作は感覚によって方向づけられ制御されるのです。下等な動物では反対で、感覚は動作によって提供されます。一見したところ意味なく組織化されていないような動作が感覚を生じさせ、とりあえず出くわしたものを捉えたり捕まえたりするのです。

高等動物が取り急ぎ感覚による調整を必要としたことは、脳の発達を加速させる新しい強力な要因となりました。このような必要性によって主に感覚野(別々の感覚器官からの複雑な感覚が集合する場所)の発達が促されました。これによって、動物や人間の動作は方向づけられ、空間内での定位が可能になりました。

骨と筋肉を手に入れた脊椎動物ですが、まずは海から出る必要がありました。

海から出る、ということは重力との闘いが始まります。

こうしてみると、生命は進化するほうに伸びていく力のようなものが備わっているように感じます。

遺伝子のいたずらで、私たちの身体は変化します。

いい方に向かえば、より環境に適応し、運が悪ければ、私たちのような難病と呼ばれる形態に移行するのかもしれません。

この記事のまとめ

◆実行された動作と、動作の計画とを比べることは感覚による調整機能の本質である。

◆感覚による調整は、まず前もって運動の計画を立てる必要がある。

◆感覚による調整をするためには、計画を可能にするための器官をもつ必要がある。

◆感覚による調整は、動作や行為の複雑な系列を正しい順序で実行できるような脳やなんらかの記憶をもち、動作を比較する必要がある。

◆感覚による調整には、運動が計画どおりに進んでいるかどうかを評価する基準が必要である。
◆高等な生物は、動作は感覚により方向付けられる。

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(7)

節足動物と脊椎動物はそれぞれの方法で横紋筋を使うことに成功しました。

ヒトが鎧や義肢装具などに、節足動物と同じ方法を導入したのも面白いと思います。

節足動物の解決法にも優れた面と弱点が存在していました。

袋小路の節足動物

 節足動物と脊椎動物の運動器官を比較してみると、単純さと正確さにかけては節足動物のほうに分がります。脊椎動物が明らかに勝っているのは、体が柔軟に動くという点だけのようです。もう一つの利点は、姿勢の平衡を保つのに筋を積極的に動員させる必要があるという点です。これを身体の静力学と呼びます。たとえば、昆虫の六本の脚はみな体節の胸部に付属しており、体は殼によって安定します。これにより、安定のためにことさら筋活動を必要としません。人間の身体はといえば、体肢が付属し、このうち二本が支え役となります。しかしこの場合、直立姿勢を保つためには、身体を支える筋を総動員して収縮させ続けなければならなりません。これらの筋は、ちょうど船のマストを支える横静策(シュラウド)のようなものです。このシステムを制御するのは非常に難しいように思えるが、実はこのシステムのおかげで人間(およびその他の脊椎動物)の身体は並外れた適応性と操作性を兼ね備えるに至ったのです。

Jp28

 軟体動物の利点すべてと、大きな力を伝えるのに適した硬いレバー構造とを結びつける難問を解決できた唯一の原理は、脊椎動物の基本原理でした。このような「軟らかくて硬い」システムを制御するほうがずっと大変なのはもちろんですが、これまでの各章でみてきたように、より自由度が大きく使いこなしがいのある道具はより制約が少なく、かえって持ち主に重宝されます。真の名人ならば、決して後悔することなく、運動を単純化するバイオリンのフレツトや自転車の袖前輪を息子から取り上げてしまうでしょう。

 重要なのは、節足動物が知的能力一般と知性に強く関連する動作の分野において脊椎動物にはるか遠く絶望的に及ばなかったことです。

節足動物が複数のレベルにわたる柔軟性の原理ではなく殼の原理を選んでからは、完全に一貫した道をたどることになりました。昆虫は進化の過程で複雑で正確な本能を獲得しました。この本能は、自分かちのもつ殼のように不変のものであった。また、進化は昆虫の原始的な日常生活のために、まるで線路のようにどこも似通っていて、単調で、よく適応していて、ずっと変わることのない行動を創りあげました。しかし同時に、個体レベルで適応したり、個々の生活経験を蓄積する道が永久に閉ざされてしまいました。昆虫は、本能と引きかえに、知性を進歩させる見込みを永遠に奪われてしまったのです。

ヒトが節足動物の解決法を利用する場合、正確さと単純さを求めると結果が得やすい、といえるでしょう。

脊椎動物の進化

 ネオキネティック動物の最も重要な特徴は、横紋筋、中枢神経系、および脳です。これらの特徴は、すでに高等軟体動物(たとえば、頭足綱の動物であるイカやタコなど)にいくぶんかは見られます。しかしながら、これらの特徴を十分に生かすことができたのは脊椎動物だけでした。

ネオキネティックとは、「新しい運動」を指していう用語です。この用語は、横紋筋、硬い複数リンクの骨格、爆発的な興奮プロセスを含めた新たな運動器全体を指して用いられます。

脊椎動物は、ネオキネティックという特徴を、勢いよく、そして止むことなく現在もなお続いている発達のための適切な条件の中に組み入れることができました。この発達については後に詳しく議論しますが、この結果、脳、とりわけ脳の最も新しい領野、いわゆる運動皮質ができあがりました。これにより、事実上すべての生理学的機能に対する支配権が確立されたのです。

 鳥類と哺乳類はともに、温血脊椎動物というグループを形成しています。温血動物というのは、より正確にいえば外界の気温から独立した一定の体温をもつ動物のことです。どんな化学反応でも、温度が上がるにつれて反応速度も上昇するので(ここでの議論との関係でとりわけ興味深いのは、神経と筋のプロセスです)、温血動物では冷血動物よりもずっとすばやくしかも活発に体内のプロセスが進行します。(この事実は、まもなく非常に役立つことになります。)

この記事のまとめ

◆脊椎動物は、軟体動物の利点すべてと、大きな力を伝えるのに適した硬いレバー構造とを結びつける難問を解決できた。

◆脊椎動物の重要な特徴は、横紋筋、中枢神経系、および脳である。

◆「軟らかくて硬い」システムを制御することで、人間(およびその他の脊椎動物)の身体は、並外れた適応性と操作性を兼ね備えることが可能になった。

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(6)

次のお話は横紋筋の弱点についてです。

スピードと力強さを解決した横紋筋ですが、使いにくい、という問題点がありました。

それでもその横紋筋のシステムを使う以外にスピードと力強さを手に入れられなかったのと、スピードと力強さは弱点を補って余りあるほど有利でした。

その結果、横紋筋を持った生物が繁栄していくことになります。

横紋筋の弱点

 横紋筋の収縮様式は、荒っぽく鋭い収縮であり、あまりに急で爆発的なので付着している骨を壊す恐れがありました。筋の組織に、そのため、荒々しい攣縮に対して緩衝材すなわち衝撃吸収材の役割を果たす要素(等方性要素といいます)を組み込みました。この要素は、攣縮中には伸張し、それから徐々になめらかに短縮して筋が自らの機能を果たすのを補助します。顕微鏡で見ると、筋に横じまがあるようにみえるのは、収縮要素と緩衝要素が交互に並んでいるからです。

弱点その1:筋の収縮は荒っぽくて爆発的である。

解決法:衝撃を和らげる=緩衝する組織ができた。

次なる横紋筋の弱点として、収縮の要素(異方性要素と呼びます)は長時間収縮し続けることが絶対にできないという点があげられます。そのうえ収縮時間も調節できません。

 収縮の要素にできることといえば、非常にすばやく、爆発的に収縮して力を発揮することだけです。人間の筋では、この爆発的な収縮はほんの1000分の1秒程度しか持続しません。さらに都合の悪いことには、いったん収縮すると異方性要素は疲労困燃してしまい――あるいは生理学者にもまだ分かっていない別のことが起こっているのかもしれない――収縮後に回復して再び仕事に取りかかる準備を整えるためには、収縮時間の2、3倍の時間を要します。爆発的な興奮の直後には、いくら強い刺激を加えて興奮させようとしても異方性要素は決して興奮しません。このようなことは、古き良き日の従順な平滑筋細胞には決して起こりませんでした。

このような異方性要素の不便さを何とかするために、もう一つの妥協策が必要となりました。神経系は、横紋筋にマシンガンなみの速さ(一秒間に50~200回)で続けざまに発射される連続した興奮性刺激を送ることを学習しました。異方性要素が爆発的に収縮する時間は二つの連続するインパルスどうしの間の時間間隔より短いが、このときには等方性要素が一回の収縮時間を引き延ばす役目を果たしてくれます。

異方性要素の収縮をなめらかにしてくれる要因は他にもあります。要素間の隙間を埋めるゼリー状の半液状物質(筋形質という)のもつ粘性、腱や靭帯の弾性、そして運動器官自体の慣性などがそれです。

 先ほど説明した高頻度の連続した興奮(強縮という)は、横紋筋線維をより長い時間繰り返し収縮させたり、100分の2秒以上収縮を持続させるための唯一の方法です。

弱点その2:長時間収縮させることができない。

解決法:連続して収縮させるように興奮を送り続ける。

筋肉をギューっと収縮させてみると、唸るような音が出ています。

友達に腕に力こぶをつくってもらい、耳をあててみるか、自分の口をギュッと閉じて奥歯を食いしばると、耳に音が聞こえてきます。、

大きな問題となるのは、横紋筋が収縮する間にそこから化学的エネルギーが一気に放出され、外部に対して機械的な仕事をしようがしまいがこのエネルギーはもう横紋筋には戻らないことです。

筋が、ある重りを持ち上げることなく、ある高さに保持するという仕事をする場合でも、強縮つまり毎秒何百回もの収縮によって行うしかありません。収縮ごとに放出されるエネルギーの量は、重りをすばやく持ち上げる時に放出されるエネルギー量と変わりません。このように動きのないときには、機械的な仕事は何もしていないので、筋が発揮した大きな力は使い道のない熱に変わります。

異方性要素は収縮時間だけでなく収縮力も調節できません。横紋筋に電気刺激を与える場合、筋線維がその刺激を感じとって収縮をはじめるためには、ある程度大きな電流を流さなければならなりません。いったんこの閾値を超えてしまうと、あとはいくら電流を大きくしようが筋線維の収縮強度は1パーセントたりとも増加せず、もとのままです。横紋筋が機能するときのこのような法則には、とても分かりやすい名前がついています――「全か無かの法則」。同じような法則が、ライフルの発射にもあてはまります。弾を撃つにはある閾値に足る力で引き金をひかなければなりません。しかしながら、引き金をもっと強い力で引いたからといって、弾の威力が増したり、弾がもっと遠くへ飛んだりすることはありえません。

瞬間的な収縮による力の発揮だけが異方性要素の機能する唯一可能な様式であって、この力もまた調節できないとなれば、自然は筋の制御を可能にするためにまた別の妥協案を発明しなければならなくなりました。一本一本の運動神経は、その分枝を、10本から100本の筋線維が一まとまりになったグループに送る。このようなグループを筋単位と呼びます。体の中にある筋は、大きさに応じて数十から数百の運動単位で構成されます。収縮の力は、収縮に関わる運動単位の数を調節するという方法で制御されます。神経系はまさに運動単位のスイッチをオンにしたりオフにしたりするという制御方法を用いており、これによって筋力を驚くほどなめらかで繊細に変化させることができるのです。

弱点その3:収縮力を調節できない。

解決法:筋は小さいグループで分かれているので、スイッチを入れるグループの数を調節する。

この記事のまとめ

◆筋の収縮するための要素(異方性要素)は瞬間的な収縮による力の発揮だけしかできない。

◆筋を連続して収縮させるためには、興奮を送り続ける必要がある。

◆筋の収縮力を調節するためには、スイッチを入れるグループの数を調節する。

Jp27

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ベルンシュタイン III 動作の起源について(5)

さて、「横紋筋を上手く使えるよ」コンテストにエントリーした種族は、私たちが属する脊椎動物と、昆虫やカニやエビが属する節足動物でした。

結果から言うと、どちらも上手く使えたので引き分けになりました。

それでも私たち人類が脊椎動物から登場したのは、それだけ高度で優位な面が脊椎動物にはあった、ということになります。

生命は横紋筋に、ベストサポート競争を言い渡しました。一等は引き分けで、二つのプロジェクトが獲得しました。両プロジェクトとも一見したところ巧妙で適切な方法で問題を解決していましたが、両者のアプローチはまったく性質の異なるものでした。最初のプロジェクトは「節足動物」という見出しで提出され、二番目は「脊椎動物」と呼ばれました。どちらのプロジェクトにおいても横紋筋は予め与えられており、その横紋筋は可動部となる関節をもつしっかりとした骨組みに付着していました。両者ともほぼ競技のルールにはしたがっていました。

 節足動物プロジェクトには、ムカデ類、クモ類、甲殻類、およびすべての昆虫類が参加した。そのプロジェクトのアイデアとは、騎士が纏う鎧のようながっしりとした中空の殼を利用するというものでした。筋は、蝶番のついた殻の内側にあって、もういっぼうの節からもういっぼうへとまたがって付いており、内側から作用して殼を動かす仕組みになっていました。殼は全身を覆い尽くして(たとえばザリガニ)鎧の役目を果たしつつも、同時にレバーとして機能するよう巧妙に工夫されていました。さらに、この殻でできた外骨格は筋の力を借りることなく安定性の問題を解決しました。このことは、簡単な実験をしてみればすぐに分かります。エーテルかベンゼンに浸した脱脂綿を甲殻類か昆虫の頭のところに置いてみましょう。すると麻酔がかかります。ことによると死んでしまうかもしれないが、いずれにせよこれらの動物は安定を保ち続け、姿勢はずっと変わりません。対称的なのは脊柱動物が麻酔をかけられたときです。麻酔がかかったり死んでしまったりした脊柱動物は地面に崩れ落ちてしまいます。節足動物の筋は、このように、姿勢の維持など筋の二次的な義務からは完全に解放されていて、横紋筋の本業である能動的収縮のほうに専