ベルンシュタイン III 動作の起源について(13)
錐体路系はいかにして錐体外路系を呑み込んだか
「錐体外路運動系は、極限まで発達した後にもなお、生物学的にみると多くの不便な点を根強く残していた」という主張は、単なる推測ではありません。「旧式の」爬虫類を一掃してしまった哺乳類が、脳‐運動系の発達において革新的な飛躍を遂げたという事実にもとづいた推論です。哺乳類の脳-運動系は、まず第一に、最高度に発達して階層的に組織化されました。最も原始哺乳類でさえ、鳥類や爬虫類よりも大脳皮質がずっと大きく広がっていました。さらに重要なことに、この大脳皮質は主要な役割を果たしはじめていました。線条体と小脳は鳥類でピークに達していたが、哺乳類では退化しはじめ、場合によっては使われないことすらありました。哺乳類の運動皮質は、体幹から手足の隅々にわたる感覚器すべてに対応する部分をすでに備えていました。
実はここに落とし穴があるような気がします。
人間はあまりにも大脳皮質に頼りすぎているのではないか、という疑問です。
大脳皮質には身体の部分に対応した脳の分布があります。
地図のように繋がっている、という仕組みです。
実は、この地図の形と人間の外見はかけ離れています。
ペンフィールドという脳外科医の先生が、脳外科手術中に脳に皮質に電極をあて、作りました。
それぞれ体の部分が脳のどの部分に対応しているのか、という地図です。
脳の地図そのままを形にすると、手とくちびるが大きく、足が細い、ちょっとしたクリーチャーっぽいものができあがります。
それをホムンクルスといったりします。
ホムンクルスとは、もともとはヨーロッパの錬金術における架空の人工生命体のことです。
錬金術は昔のSFのようなものですが、でも当時は大真面目に取り組まれていました。
錬金術のホムンクルスは、フラスコの中でしか生きられない小さな小人でした。
脳の分野では、ホムンクルスは機能局在論における体性感覚(深部感覚や皮膚感覚)を再現したものです。
それぞれの体の部分が脳でどれくらいの表面積を占めているのか、という模型です。
触った感覚や、筋がいまどれくらいか、という感覚は、たしかに手先や唇では繊細です。
動物の場合でも、人間と同じ方法でホムンクルスをつくることができるそうです。
ネコやネズミだとヒゲの部分が大きくなります。
動物にとって一体どの部分が大事か、ということを示しています。
(参考図書:池谷祐二『進化しすぎた脳』p47-50)
思い出してみましょう。
固有感覚の受容体が多いのは、首の筋と仙腸関節と足の裏でしたね。
深部感覚と固有感覚はほぼ同じと捉えてかまわないと思います。
でもホムンクルスでは腰の部分は小さいです。
仙腸関節の感覚はどこで捉えられているのでしょうか。
体幹の運動の命令は、レベルAが担っています。
仙腸関節は、太もも(大腿)の影響を受ける関節でもあり、脊柱の影響を受ける関節でもあります。
下肢の最も根元にある関節、といってもよいでしょう。
運動の指令の中枢が体幹に近いほど古い脳になっている、とするならば、ホムンクルスで人体で足りていない部分の感覚を受け取るのは、大脳皮質ではなく、それよりも古い中枢神経が担っている、と私は考えています。
そういう文献があればみつかればいいのですが。
ホムンクルスというのは、表在感覚が優位に出てるのではないか、と思います。
脳の階層化により、感覚器官も運動と同じような進化をたどります。
たとえば、魚とカエルでは、網膜から視覚の脳中枢まで一つのステップしかなく、情報は一本道をそのまま伝わります。いっぼう人間では、眼から高次の視覚皮質中枢(19野と呼ばれる)まで4つのステップがあります。この数は、十分に発達した錐体外路運動系のステップと同じです。このような高次感覚野の領域では、組織の階層化は質的な向上を意味します。階層システムでは神経伝達時間が遅くなるが、運動に比べたら視覚や聴覚では比較にならないほどのわずかな遅れにしかなりません。理由は簡単で、脳から脚の筋までの長さは人間で約2メートルあり馬や象ではもっと長いですが、眼や耳は大脳皮質からセンチメートルの単位で側れる程度しか離れていないからです。
こういうふうに、けっこう物理的な長さとか重さとかは、そのまま人間の仕組みを決めていきます。
骨折の外科手術なんかも、大工さんが金槌やノコギリでトンカチとやるのと似ているそうです。
下肢の静脈瘤なんかも、強いストッキングで締め上げる、という物理的というか、けっこう原始的な方法で対処するのが実情のようです。
私も強めの靴下を履いています。
脳皮質にすべての種類の感覚信号がほぼ完全な状態で装備されるに至る過程で、動作を制御する中枢の権力もまた自然に増大していきました。それと同時に、脳と筋が離れて間接的にしか結合していない不便さが徐々に増していきました。ここで、他の場合とは対照的に、生物は徐々に注意深く調節するという道をたどるのではなく、むしろ、ゴルディアスの結び目を断ち切る伝説のごとく一気に解決する道を選びました。このような解決例は、脳の歴史の中では他に類を見ません。皮質の細胞からは、途中に何の中継点もなく直接脊髄の運動細胞まで特別な神経路が伸びていますが、これは神経科学の黎明期に錐体神経路と名づけられました。脳にもともとあった運動系のほうは迂闊にも錐体外路(錐体路ではない、錐体路の外にある経路)と名づけられてしまいました。
レベルCからの命令、つまり線条体から筋へと伝わるためには、CからB、BからA、Aから脊髄、脊髄から筋という具合に、四つの連続した神経伝達リレーが必要になります。
間接的に伝わるので間接賦活経路=錐体外路、でしたね。
錐体路は、直接賦活経路ともいわれます。
錐体路という、人間が人間らしい動作を行うための神経の命令の道が開通しました。
これで、手先を器用に動かしたり、表情を豊かに作ったりすることができるようになりました。
つまり、大脳皮質の命令をそのまま伝える、ということですね。
これはホムンクルスに対応しています。
感覚を受け取ること(大脳)と命令を出すこともいっしょに進化した、と考えたほうがしっくりきます。
感覚を受け取る場所と命令を出す場所がずれていて、片方がまだ進化して脳がなかったら、その運動はできませんよね。
運動は感覚の調整によって可能となる、のですから。
錐体路は錐体交叉という場所で反対側に80~90%程度が交叉していきます。
交叉しない線維は、脊髄の腹内側を下行します。
これらが支配するのは、体幹の回旋に関与する体幹の筋です。
(参考図書:マーク L.ラタッシュ『運動神経生理学講義』p163)
この交叉しない錐体路は、前皮質脊髄路、または腹側皮質脊髄路になります。
前皮質脊髄路は、体幹の制御に関係しています。
なぜ交叉するのかは、文献がまだ見つけていません。
ちなみに視覚も交叉しています。
進化的にみて新しく開通した錐体路は、なぜ交叉するのでしょうか。
また、なぜ体幹の制御は交叉しないのでしょうか。
視神経は半分だけ交叉しています。立体視が関係していると言われています。
魚とか爬虫類は全交叉です。
カエルはオタマジャクシのときは全交叉で、カエルになると半交叉になるそうです。
(参考図書:池谷祐二『進化しすぎた脳』p151)
なんだか私も書いているうちに混乱してきたので、別記事に譲りたいと思います。
錐体路運動系の出現と発達は、決して以前からある錐体外路運動系の排除を意味しません。錐体外路運動系の衰退は、神経核のわずかな縮小(退縮)にすぎません。両生類と鳥類が線条体を発達させたとき、淡蒼球によって制御される動作のリストは排除されることなく保持され、線条体によって制御される新しくより複雑で多様な動作がこのリストに付け加えられました。同様に、哺乳類は遠い祖先がしていたような動作(および動作の要素)のために錐体外路運動系を保持しました。大脳皮質が所有する運動器官である新しい錐体路運動系は、先ほど見たように、なんらの中継ステップなしに直接脊髄の運動細胞に連絡しますが、これは哺乳類が古い運動神経核の能力を越えたまったく新しい動作と活動を行うのに用いられました。これらの新しい動作は、主に何かを狙う、さわる、つかむ、強く正確に打つ、正確に遠くまで投げる、正しく注意深く計画的に押さえるなど、正確で、精密で、目標をもった動作を含んでいました。これらの単純な動作は徐々に発達して、対象物を操作したり、道具を使ったり、さらには有意味な労働をしたりするなど、多くの有意味な一連の行為が出現しました。
病気やケガなどで組織を使わないと、その組織はだんだん働かなくなってきます。
これを廃用といったりします。
デスクワークばかりだったり、病気でベッドに寝てばかりだと、だんだんと使わない機能が落ちてきます。
いつのまにか、指先で作業をしたり、挨拶だけに顔の筋肉を使うだけになってしまって、錐体路の運動ばかりつかってしまう、ということが起こりえます。
手先の動作、球技、表情は錐体路が活躍します。
鳥類や、とりわけ爬虫類と比較した場合、哺乳類は攻撃や狩りなど一回性の、目標をもった動作のレパートリーをより多くもっています。これらの行為は型にはまったものではなく状況に応じて変化し、きわめて正確ですばやい適応性を示します。これらのことは、唐突に出くわした難局をうまく切り抜けるために学習していない新たな運動の組み合わせをすばやく創り出す能力が向上したことを示しています。音楽にたとえるなら、哺乳類は記憶や楽譜にもとづいた演奏をすることがどんどん少なくなり、かわりに即興演奏がどんどん増えていったということです。この傾向は、哺乳類が絶えず運動スキルを身につける能力を増していったことを説明します。つまり、哺乳類はよりトレーニングの効果が高いです。哺乳類は、毛づくろい、洗顔や手洗い、爪研ぎ、蚤取り、食物の準備や加工など、自分で身のまわりの世話をしたり身だしなみを整えたりする動作をより多くより多彩にもっています。
型については、人はある動作をみにつけるために型に自分の動作を当てはめて練習したりします。
これは自由度を操作するためです。
適応力が高いのはいいことなのですが、その状況に応じた最適の動作というのは限られてきます。
そのためにヒトは練習します。
哺乳類の生活には、いつも家族と子供の教育が中心にあります。誰しも、親ネコが、半殺しにしたネズミを仔ネコの目の前に連んできて教育している光景を見かけたことがあるでしょう。あるいは、動物園の母ライオンや母トラが優しくも毅然たる態度で子供を「教育的」にぴしやりとたたくのもありふれた光景です。オオカミやマーモセットやビーバーの母親も、日常生活に必要な諸々の活動を子供に仕込みます。家族はまた、爬虫類が知ることのなかった数多くの感情と経験を産み出しました。たとえば、愛着、自己犠牲、感謝、服従、友情などです。連鎖的行為とともに、中間的段階の行為も豊富になりました。たとえば、社会的なゲーム、教育の目的で例を示すこと、対象物の操作などです。鳥類は信号としての音と歌としての音を使うことができます。哺乳類は、ほとんど言葉といってもいいような、数多くの表現に富んだ意味ある音を発します。賢いイヌの鴫き声をさまざまな状況で聞くと、その感受性の高さと多様性に驚かされます。
また、鳥類にはまったく存在しなかった顔の表情や表現に関する動作も現れました。喜んだり、恥じらったり、侮辱されたときにイヌが見せる変化に富んだ、言葉なしに)分かりやすい「顔の表情」には、誰しもがお目にかかっているはずです。
イヌやネコが笑うのでしょうか?
笑ったような表情には出くわしますね。
(^o^)少なくとも緊張はしていない、リラックスした表情です。
イヌがしょんぼりしているのは、(´・ω・`)本当にしょんぼりしているのでしょう。
錐体神経路が機能しはじめたことによって、哺乳類の動作は特定のパターンだけに限定されなくなりました。かたや鳥類や爬虫類は、銅像のような静止状態と動作とがすばやく切り換わって交互に現れます。トカゲやカメやワニがじっとしているときは、丸太のようにぴくりともしません。オウムやフクロウが止まっているときも同じです。これらの動物はみな、頭や首や釣爪のある足をゆるりと動かしてはぴたっと止め、またぞろ動かしはじめます。動作と静止の繰り返しは、錐体外路運動系に典型的な特徴に他なりません。興味深いことに、脳疾患の患者にも同じような動きが見られることがあります。錐体路運動系が弱体化し、相対的に錐体外路運動系の勢力が強くなっているときの症状です。「錐体路」動物である哺乳類の動作は、ばねのようにもっとしなやかです。哺乳類は決して完全に静止したりしません。休んでいるときでも、頭や首を動かしたり耳を回したりぴんと立てたりして辺りを注意深く警戒していたり、習慣的なちょっとした不随意動作をしていたりします。獲物を狙ってじっと息をひそめているイヌやネコでも、ちょっと見は撃鉄を起こしたライフル統のようにじっと動かず緊張しているようだが、よくよく尻尾を観察すればそうでないのがすぐ分かります。
ここでやっと、地球上で爬虫類王国が滅亡し哺乳類王国が現在に至るまで勢力を保ち続けた第三の、最も重大な理由に近づきました。爬虫類には大脳皮質がなく、最も高度な運動システムが錐体外路運動系だったのです。哺乳類は世界に大脳皮質の原理をもたらし、その限りない能力を披露しました。錐体路運動系は、温血動物の横紋筋を駆動するきわめて優れた装置となりました。その最も重要な利点は、動作のすばやさや強さや正確さであり、個人の生活経験を蓄積する無限の能力であり(親が経験を蓄積し、子に教えるという事実もこのことを助ける)、おもちやのブロックで家を作ったり文字の書いてあるカードを並べて単語を作ったりする行為にも似た、その場で即座に新しい運動の組み合わせを創り出す能力です。白亜紀に起きた外からはっきりと見てとれる出来事は、温血動物が冷血爬虫類を食い尽くしてしまうことでしたが、その内側には深く、もっと重要な出来事が隠されていました。つまりことの本質は、錐体路運動系が錐体外路運動系を呑み込んで、錐体外路運動系の残党よりも上位についたという次第です。
この記事のまとめ
◆哺乳類の運動皮質は、体幹から手足の隅々にわたる感覚器すべてに対応する部分をすでに備えてた。
◆線条体と小脳は鳥類でピークに達していたが、哺乳類では退化しはじめ、場合によっては使われないことすらあった。
◆錐体路=直接賦活経路は、皮質の細胞からは、途中に何の中継点もなく直接脊髄の運動細胞まで特別な神経路が伸びているものをいう。
◆ホムンクルスは機能局在論における体性感覚(深部感覚や皮膚感覚)を再現したものであるが、固有感覚の分布の多い部分とは整合していない部位がある。
◆錐体外路運動系の衰退は、神経核のわずかな縮小(退縮)にすぎず、両生類と鳥類が線条体を発達させたとき、淡蒼球によって制御される動作のリストは排除されることなく保持され、線条体によって制御される新しくより複雑で多様な動作がこのリストに付け加えられた。哺乳類は遠い祖先がしていたような動作(および動作の要素)のために錐体外路運動系を保持した。
◆大脳皮質が所有する運動器官である新しい錐体路運動系は、なんらの中継ステップなしに直接脊髄の運動細胞に連絡するが、これは哺乳類が古い運動神経核の能力を越えたまったく新しい動作と活動を行うのに用いられた。
◆錐体路の担う新しい動作は、主に何かを狙う、さわる、つかむ、強く正確に打つ、正確に遠くまで投げる、正しく注意深く計画的に押さえるなど、正確で、精密で、目標をもった動作を含んでいた。これらの単純な動作は徐々に発達して、対象物を操作したり、道具を使ったり、さらには有意味な労働をしたりするなど、多くの有意味な一連の行為が出現した。
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