弱肉強食は自然の摂理ですが、それが生物を進化させてきました。
戦争のために開発した技術が人類の文明を進化させるのと同じですね。
実はリハビリテーションという分野も、戦争で傷ついた人たちの社会復帰を目的に、大きく進歩を遂げました。
豊かになる動作
運動が豊富になった理由は、それまでと同じように、無慈悲で冷酷なまったくの外的な理由――つまり生存をめぐる競争と闘争――によるものです。動物がどんどん繁殖するにつれて、十分な場所と食料を確保することが難しくなっていきました。必要な食糧探しを他の弱い勣物にまかせ、自分たちは、必要な栄養を摂取して半ば都合良く分解してくれた他の弱い動物を食べて生活する肉食動物が現れました。弱い動物は、自己防衛の手段として連く走ることのできる足、保護色、鎧で覆われた肌、角、蹄などを発達させました。そのような自衛手段のない動物は、真っ先に肉食動物の餌食になってしまいました。肉食動物のしていたことは、彼らには思いも寄らなかっただろうが、結果的に餌となる動物を進化させていたのです。確かによりよい自衛手段をもつ動物は、思いがけず他の種より長く生き延びて子孫を残す機会に恵まれていました。このとき、最適な自衛手段となったのが、豊かで完全な運動能力です。かたや餌を捕まえる側にも同じ法則があてはまりました。つまり、大きな牙をもっていても、のろまで知恵が足りなければ、自衛手段を発達させた餌を捕まえることができず、飢死のリスクを抱えることになります。
このようにして動作は、力強さ、すばやさ、正確さ、持久性といった点で豊かになっていきました。はじめに、動物が解決すべき運動課題はますます複雑になり、同時にますます多様化しました。
ベルンシュタインはサメやキツネ、トラのような動物の捕食行動について述べますが省略します。
動作発達の二つめの側面としてあげられるのは、そのときその場で、「リアルタイムのうちに」解決しなければならない、予期せぬ一回限りの問題がどんどん増えていったことです。導入の章で見たように、ここでいよいよ巧みさの出番がやってくる。動物の動きのメニューからは思考も調節も必要ない自動的な動き、いつも同じである標準的な動きが徐々に姿を消していきました。移動運動すなわち空間の移動は、このような、いつも同じである標準的な運動の一例であると考える人もいるかもしれないが、そうではありません。魚が無限に続く均質な水の中を泳ぐ時には、実際のところ多様な運動を呼び起こすような刺激はあまりありません。しかし固い地面での移動は別です。地面には決まった通路はありません。
高度に発達した哺乳類の生活は、魚には絶対にできない複雑な運動に満ちています。生存競争がよりいっそう熾烈になると、その結果予期できないことが身の回りに溢れるようになりました。それに対応するには100分の1秒も無駄にしないで、直ちに決断でき、運動を正確にしかも巧みに実現する能力が必要になりました。学習されていない動作や運動の数が増え続けていった背景には、より複雑な脳の領域、とりわけ大脳皮質が同じように発達しつづけたという事実があります。
脊椎動物は魚類から始まり、両生類から爬虫類、そして鳥類と哺乳類が出現します。
大脳皮質の原型は、高等爬虫類においてすでにはっきりと見られました。しかし大脳皮質が主導的な立場をとり、どんどん発達していったのは哺乳類においてのみでした。大脳皮質は無制限の能力をもつ器官であり、動物個体の生活経験を蓄積し、それらを記憶し、その意味を処理し、それをもとにはじめて出会う新たな課題を解決します。
最も下等な脊椎動物である魚類の動作リストは、ほとんど泳ぎによる移動運動です。典型的な魚の動作は、頭のてっぺんから尾びれの先までがなめらかにうねる単調な全身のシナジーです。こうした動作は同じ場所に留まるときでも、あるいは寝ているあいだにさえも決して止まることはありません。魚は、私だちから見ればまことに哀れなこれだけの能力で今もなお十分に日々の生活がこと足りてしまいます。海がだんだんと狭くなり、そのいっぽうで逆に海の生物が増えていったとき状況は一変しました。地上への進出が目下の急務になったのです。
脊椎動物の第二のグループである両生類についてはごく簡単に触れておくだけにしましょう。要するに両生類は単なる中間的な形態であって、個体の数においても種の数においても地球上で首位に立つことはありませんでした。非常に長いあいだ地球上に君臨していたのは、次の進化段階にある脊椎動物、爬虫類でした。爬虫類は次にくる哺乳類よりも長い期間地球を支配していたことになります(この事実は多くの脊椎動物の進化図を見れば明らかである)。哺乳類は後に爬虫類を支配的地位からすばやく確実に引きずり下ろしました(その理由は後ほど見ていく)。大昔には、海や、地上や、天空を席捲したさまざまな種類の爬虫類が数多く存在しました。そのうち生き残ったのはたった四種類、すなわちトカゲ、カメ、ヘビ、ワニだけです。今なおこれらの爬虫類は、新参の征服者である哺乳類に対して、冷酷な残忍性と猛毒を最後の武器にして復讐を企んでいるかのようです。
地上ではさまざまな種類の爬虫類が繁栄した。ここで一つ念頭に置いておくべきことがある。それは、爬虫類が地上と空中を制したはじめての生物であったために競争相手が存在せず、闘争のために必要な最新鋭の器官を発達させる必要もなく、労せずして勝利をものにしてしまったという事実です。少しずつ冷えはじめてはいたが、まだまだ温暖な地球上において、有り余る食物に囲まれ、脅威となる外敵もいませんでした。そんな状況のなか爬虫類は堆肥の表面に育つ巨大キノコのように成長し続け、それ以降の地球上の動物が決して到達することのない大きさにまで達しました。
脳も一ランク上で、一対の神経核である線状体を備えていました(レベルC1)。それは両生類や魚類のもつレベルBの神経核よりも優れていたため、爬虫類はより高い運動能力を備えることができました。さらには、遠隔情報を得るための感覚器である遠隔受容器が、自分自身のために、特殊な構造をもつ最も原子的な脳構造領野の建築にはじめて着工しました。
こうして形成された構造が大脳皮質の原基であるが、今も昔も爬虫類の大脳皮質は竣工に至っていません。
脳は突然登場した横紋筋とは違い、徐々に継ぎ足されていきました。
横紋筋の登場の仕方は他の臓器・組織とは違い、かなり特殊でした。
大脳皮質の発達は、ずっと前に発達した横紋筋の場合とは違っていました。横紋筋は、すでに見てきたように突然現れました。このためその持ち主は、横紋筋を必要に応じて調整したり変化させたりすることができませんでした。むしろ、シンデレラの姉たちが靴に無理やり足をはめこむためにつま先やかかとを切り落とそうとしたように、持ち主自身が従順に自ら調整をして横紋筋の気難しい性格に合わせました。
大脳皮質の場合は逆です。その発達の過程では念入りな準備が行われ、中間的な形態を試作したり、できばえを吟味したりしました。このような過程のすべてが今日の私たちに分かるのは、大脳皮質の生きた歴史が現代に生きる動物や私たち自身の脳に刻まれているからです。人間の脳には、レベルAやBの原始的な運動神経核も爬虫類の脳も存在します。今では、これらはもっと若くて完成度の高い脳構造によって支配されています。大脳皮質には風変わりで「時代遅れの」小さな領域があり、そこだけは他の大部分とは大きく異なっています。
爬虫類の運動能力は、魚によって代表される一つ前の段階の能力よりもずっと豊かになりました。当時の爬虫類は、種によって走ったり、飛んだり、泳いだり、跳躍することができました。いつも動き続けている魚とは対照的です。爬虫類は銅像のようにじっとしていられました。腰の強いパン生地のようにじわりじわりと動くこともできたし、必要なときには矢のように疾走したり、正確にすばやく狙った場所までジャンプすることもできました。最後に、爬虫類はみごとな平衡感覚を身につけました。中には巧みだといってもよいほどの動きを見せるものもいました(小さなヘビと、特にトカゲ)。
じっとしているトカゲ、思い浮かぶのはイグアナでしょうか。
エリマキトカゲが器用に二本足で走る姿をご存知の方も多いと思います。
逆にいえば、人間のような立派な脳がなくとも、あそこまでの動きが可能だ、ということです。
それでは、意識と動作とはどの程度の繋がりがあるのでしょうか。
人間のような認識・意識しなければ動物は動けないのでしょうか。
おそらくこんなに意識して、考えて動いているのは人間だけです。
脳の進化と動作との関係は、また別記事でまとめます。
この記事のまとめ
◆脳の進化にしたがって、できる動作が増えた。
◆魚はとどまることができなかったが、爬虫類は止まること、走ること、ジャンプすること、優れた平衡感覚を手に入れた。
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