意識と無意識について
意識って何でしょうか?
哲学的な問題ですね。
心理学にフロイトという人がいます。
いまでは昔ほど受け入れられていませんが、意識と無意識についての概念の火付け役といってもいいでしょう。
ヒトは意識があったので、「我々には無意識がある」、と考え始めたと私は思います。
西洋からもたらされた科学が日本の学問の主流となっている以上、その素地となっている哲学や神学(宗教)的な背景というものも、なんとなーくでいいので頭に入れておくといいかもです。
聖書やらプラトンやらアリストテレスなんかの話から始めると長くなるので、もっとそれ専門のサイトで勉強したほうがためになります。
とりあえず歴史はおいていきましょう。
知性(精神)と肉体(動物的なもの)を兼ね備えているのが人間です。
これは、ここまで進化の勉強をしてきたのでよく分かると思います。
脳は原始的な動物が生まれてから、徐々に積み上げられてきました。
まず、その個体が生きるための機能が必要です。
栄養を取って、呼吸をして、老廃物を出して、病原体や敵からの攻撃から自分の命を守ることです。
そして自分の子孫を増やさねばなりません。
そういうふうに、生命が生命として生きて繁栄していくのに必要なものから順番にできてきました。
人間にある古い脳の部分には、そういう機能を担っています。
延髄は呼吸を担ったり、橋は老廃物を出す反射を担ったり、といった感じです。
たとえば視床下部は、摂食行動や飲水行動、性行動などの本能行動の中枢、および怒りや不安などの情動行動の中枢を担っています。
視床下部は大脳(終脳)のすぐ下の脳です。
つまり、古い脳ですね。
前述のフロイトやその影響を受けたユングは、意識-前意識-無意識(個人的無意識)‐(集合的無意識)といったものをモデルとしてつくりました。
これもモデルなので、心そのものではありませんが、当時としては画期的な考えでした。
視床下部の情動行動は、自我モデルのなかのEs(エス)に当たる、と言われています。
自我モデルと意識-無意識の混合モデルはちょっと分かりにくいです。
視床下部は大脳辺縁系と呼ばれています。
大脳辺縁系には記憶も含まれますので、喜怒哀楽の感情や記憶、本能といったものが大脳辺縁系にあります。
自然界で生き抜くために必要だったもの、それが無意識である、と言えるかもしれません。
では人間らしい思考や知覚はどこで行っているのかというと、前頭葉だと言われています。
そこを損傷してしまったヒトが、性格などががわりと変わってしまった、という報告から研究が進みました。
次の話は池谷祐二先生著『進化しすぎた脳』です。
面白そうなトピックを書き出してみます。
・脳は大きければ大きいほど、シワが多いければ多いという通説は正しくない。
・大脳皮質はすべての哺乳類で6層構造になっている。6層構造はきわめて便利な構造なために、そのまま表面積を増やすだけで進化できた。
・DNAは便利だから、生命は進化してもそれを使い続けている。DNAはたまたま生命進化の初期段階で生まれた。
・視覚野のある場所は、ほぼ後頭部にあることは共通している。脳だけがそれぞれの場所に分かれて専門化している。肝臓などはどこでも同じ機能を果たしている。
・ヒトのホムンクルスは、人差し指が他の指に比べて大きく、唇も大きい。胴体はあまり大きくない。
・ネコやネズミのホムンクルスは、ヒゲの部分が大きい。
・頭頂葉の少し前に運動野があり、人間の最終的な出力、つまり行動を決める。
・サルの運動野で「いつでも同じ場所に腕を移動させる神経細胞」がみつかった。その神経は単純な運動をつかさどるのではなくて、どういうふうに腕を動かしたら(運動させたら)いいのかをコントロールしている、つまりプログラムしている。運動がプログラムされている運動野が見つかった。
・ヒトの体はあらかじめ指が5本備わっていることを脳が知っているのではなく、生まれてみて指が5本あったので5本に対応する脳地図ができあがった。4本しかない人が手術で5本に増やしたら、1週間で脳地図ができあがった。
・脳地図は脳が決めているのではなく体が決めている。
・イルカの脳は身体が人間ほど優れてなかったため、脳が使い込まれなかった。
・生まれ持った体や環境は「自己組織的」に脳は自分を作り上げていく。
・環境にあわせて動物が進化してきたのは身体の部分で、脳に関しては環境に適応する以上に進化してしまっていて、全能力は使いこなされていない。
・脳は一見すると無駄と思えるほどに進化してしまっているが、将来いつか予期せぬ環境に出会ったときに、スムーズに対応できるための「余裕」がある・
・新しい環境や、もしくや進化や奇形などで身体そのものが急激に変化してしまっても、余裕をもった脳は、依然これをコントロールできる。
・脳は身体をコントロールするためにあるかもしれないが、身体というのは脳にとっての環境との接点であり、環境そのものである。身体は環境に適応する以上に進化する必要はない。
・小脳と大脳の比率をみると、その動物がどれくらい運動神経に長けているのかがわかる。
・心と身体の二元論とは、脳と精神は別だ、という考え方である。
・心臓は意識しても止められない。呼吸は意識すれば止められる(でも限界はある)。
・反射は意識ではない。感情は意識ではない。
・意識の定義とは「判断できること」「表現を選択できる」ことである。
・意識には短い時間、情報を脳にとっておかねばならない「短期記憶」が必要である。少し前に自分がどのような行動を取ったかを覚えておく必要がある。
・意識は選択できるための根拠を必ず持っている。その記憶というのは、必ず「過去の記憶」に存在する。
・「可塑性」とは、過去の状態によって脳の状態が変わることである。一回酷い思いをしたから、そういうことはもうしないとか、そういうように脳の何らかの状態が変わることである。可塑性がないと、意識して選択できない。
・脳は経験を、自己組織的な働きで価値判断の基準に仕立てる。可塑性がないと、意識して選択できない。
・意識の典型が言葉である。言葉は表現を選択できる。
・100Mで9.○○秒なのは、100分の1秒の時間は人間にとってはほぼ同時だからである。
・量子とはとびとびの値をとることである。これ以上分割できない最小単位があることをさす。人間の脳にとっての時間は、決して連続した物理量ではなくて、数十ミリ秒おきにコマ送り、つまり量子的になっている。それが無意識の作用、つまり脳の働きによってスムーズに繋がってみえる。
・文字を読んだり、人の話した言葉を理解したり、それより高度な機能が関わってくると、処理に時間がかかる。文字や言葉が目や耳に入ってから、ちゃんと情報処理できるまでに、すくなくとも0.1秒、通常0.5秒かかる。自分が〈いま〉と感じている瞬間は0.5秒前の世界である。
・生物に目という臓器ができて、進化の過程で人間の眼ができあがって、光子をその眼で受け取り、その情報を解析して認識できて、そして解釈できるようになって、はじめて世界が生まれた。世界があって、それを見るために眼を発達させたのではなくて、眼ができたから世界が世界としてはじめて意味を持った。世界を脳が見ているというより、脳が人間に固有な特定の世界をつくりあげている。
・人間の眼は半交叉している。動物によっては、眼の神経全部左右交叉している種もある。立体視と関係していると考えられている。
・上丘は処理の仕方が原始的で単純だから、判断がはやくて正確である。
・「意識」の定義は1.表現の選択、2.ワーキングメモリ(短期記憶)、3.可塑性(過去の記憶)の3つをみたすことである。
・クオリアとは覚醒感覚のことで、無意識、あるいはコントロールできないものをさす。表現を選択できない。音楽が美しいとか、リンゴがおいしいとかすっぱいとか、そういう生々しい感覚。
・ボタンを自由な時に押す、という単純な課題の場合でも、先に運動前野という運動をプログラムするところが動き始めて、それから1秒ほども経ってから「動かそう」という意識が表れる。つまり、脳の方が先に動き始めようとしていた。無意識に行動はスタートする。「動かそう」と脳が準備を始めてから、「動かそう」と自分では思っている」クオリア、覚醒感覚、生々しい感覚が生まれる。
・体を自分の意識でコントロールしているつもりになっているだけで、実際には違う。自由意志とは潜在意識の奴隷に過ぎない。クオリアというのは脳の活動を決めているものではなくて、脳の活動の副産物にほかならない。
・「動かそう」というクオリアがまず生まれて、それで体が動いてボタンを押すのではなくて、まずは無意識で神経が活動し始めて、その無意識の神経活動が手の運動を促して「ボタンを押す」という行動を生み出すとともに、その一方でクオリア、つまり「押そう」という意識や感覚を生み出している。
・最も原始的な感情は恐怖である。恐怖は扁桃体という脳の部分が司っている。
・扁桃体が活動していれば危険を回避できる。扁桃体の活動には「こわい」という感情はどこにも入っていない。扁桃体そのものには感情はない。クオリアはここには存在しない。クオリアは別の脳の経路で生まれる。扁桃体が活動して、その情報が大脳皮質に送られると、そこではじめて「こわい」という感情が生まれる。
・扁桃体が活動するとたしかに恐怖が生まれる。この怖いという感情は扁桃体ではなく大脳皮質で生まれる。しかし、扁桃体はこれとは別に、記憶力を促進したり、メモリを強固にしたりという、そういう影響力を持っている。
・扁桃体を刺激すると、その瞬間の記憶の素子は強まる。それと同時に「怖い」という感情が別経路で生まれる。
・動物は「こわいから避ける」のではなく、「こわい」かどうかは無関係に、単に扁桃体が活動したから避けているだけである。
・クオリアは抽象的なものである。抽象的なものは言葉で生み出されたもの、幻影である。幻影であることは実在しない、ということを意味しない。夢は存在するが、脳に存在する。クオリアも明らかに別に存在する。喜びや悲しみは言葉の幽霊である。
・扁桃体がなくなってこわいという感情が消えると、本能がむき出しになる。理性は扁桃体から形成された、ともいえる。動物には本性の欲求がまずあって、それを恐怖によってかんじがらめにした状態が理性ということになる。
・扁桃体⇒回避、は正しい。この関係には感情が生まれる余地はない。こわいから避ける、のではなく扁桃体が活動するから避ける。恐怖によって本性を押さえつけたのではなく、扁桃体の神経活動によって「本性」を押さえつけた。扁桃体は恐怖を生み出すけれども、恐怖が理性を生み出しているのではない。
・扁桃体は大脳皮質より近いところ、生命の根源に近い。
・仮説としては、恐怖感情と恐怖記憶は分離できる。
・回避するパターンなどの記憶を蓄えるのは大脳皮質である。扁桃体は大脳皮質のコーチとかトレーナーに近い。「こういうパターンはこわいから気をつけろ」と大脳皮質に警告を送るだけである。
・共通のルールを見つけ出す、つまり一般化する、これを「汎化」という。
・数学は基本的にすべて演繹法である。「個々のケースをすべてシラミつぶしに調べあげて、全部正しかったらその定理は正しい」という論法。数学的帰納法も、本質的には演繹法。
・人間の脳は、世の中すべてを調べられないので、ある程度限られた例数のなかからそのルールを見つけて、それを一般化する。こういうことを帰納法というが、脳のやり方はこの帰納法である。この意味では「汎化」と「帰納法」は同義語である。そして、汎化のために有利なプロセスが「抽象化」である。「抽象化」するといろんなことに応用が利く。ものごとを個別に考えるのではなくて、一歩下がって「これらを結びつけるものはなんだろう」という抽象的な考え方ができるからこそ、脳は〈汎化〉できる。
・抽象的な考え方ができればできるほど、〈汎化〉が得意になる。そして汎化によってルールを知れば、新しい状況・環境になっても応用が利く。人間がほかの動物に比べて、著しく応用力が高いのは、抽象的な思考ができるからだと思われる。
・人間が抽象的な思考ができるのは、「言葉」を持っているからである。意識とか心というのは多くの場合、言葉によって生まれている。意識や心は言葉がつくり上げた幽霊、つまり抽象である。
・意識や心は、〈汎化〉の手助けをしている。「言葉⇒心⇒汎化」。人に心がある理由はおそらく言葉があるからであるが、人に心がある〈目的〉は汎化するためと思われる。
・人間には〈心〉を活用して抽象的な思考をして、そして周囲の環境から基底ルールを抽出して、それを未来に向けて蓄えて、応用して、環境に適応している。
・〈汎化〉が言葉によって生まれるとしたら、言葉にはおそらく二つの側面がある。ひとつはコミュニケーションの手段、伝達のための信号・記号である。もうひとつは抽象思考をするための道具、考えるためのツールとしての側面である。人間はこの両方をうまく使っている。多くの動物は、(仮に言葉があったとしても)記号的な使い方しかしていない。それでは言葉とは呼べないと思われる。
・人間については、「言葉を操れるようになった」=「それをツールとして抽象思考が扱えるようになった」=「応用力・環境適応力の高い動物になった」と言えるのではないか。
・神経細胞は増殖しないが、神経線維は増える。
・神経細胞が隣の細胞とやりとりする情報の実体というのは電気である。電気が流れるのは伝導体であり、絶縁体には電気は流れない。神経線維はほとんど脂肪とタンパク質、でできており、絶縁体である。電気が神経線維を流れるのは、流れている電気の実体が、金属の電気コードとは全く違うからである。神経に流れているのは電子ではなく、イオンが流れている。イオンの流れが電気信号になって、伝わっている。
・神経細胞は脂肪、タンパク質、糖でできている。神経細胞も液体が膜で囲まれて細胞になっている。その膜の一部が異常に伸びて、つまり突起が出て、それが神経線維になっている。増殖するためには、そのための特別な遺伝子が働く必要があるが、神経細胞ではそれが抑制されている。
・人間の細胞は60兆あるが、体全体の細胞は2~3ヶ月で入れ替わる。「自分を生み出す脳」までが入れ替わると、自分が自分でなくなる。そして、脳は頭蓋骨に入っているので、増殖できない。
・神経にとってもっとも重要なイオンは「ナトリウム」である。水素イオンなどは酸性なので扱いにくい。塩NaClのうちのCl塩素イオンも神経細胞は使っている。もうひとつカリウムイオンの3つを神経細胞は大量に使って、それをうまく組み合わせて「電気」を起こしている。
・細胞は細胞膜というのに囲まれて、その細胞膜を使って、明確に細胞の内と外を分けている。カリウムイオンの量は細胞の内と外でぜんぜん違う。内側のほうが数十倍は多い。カリウムイオンは細胞膜をどういうわけかスカスカに通り抜ける。カリウムイオンは濃度が一定になるように「外側」に移動するが、カリウムイオンはプラスの電荷をもっているために、「内側」の電位がマイナスになる。逆に「外側」はどんどんプラスが入ってくるから、全体がプラスに帯電してくる。すると、しだいにカリウムイオンは移動しにくくなる。プラスとプラスは反発してしまうため。濃度としては「外側」に行きたいんだけれど、でもプラスの電気がじゃまして行けなくなる。つまり、濃度としては「K+」はなるべく「外側」に行きたい。でも電荷としては、「K+」はなるべく内側に行きたい。細胞の状態とはいつもこういう状態にある。内側にたくさんの「K+」があって、外側に少ない。濃度の差があるといことは、内と外でプラスとマイナスの差がある。電位の差が自然にできてしまう。世の中の細胞はすべて内側がマイナス、外側がプラスになっている。内側は90ミリボルトくらいマイナス。外はこのマイナスの度合いが少なく(浅い)、マイナス60から70ミリボルトくらいの差がある。
・神経細胞はそのほかの細胞と違い、ナトリウムを通すための穴を持っている。ナトリウムイオンは細胞の外側にいっぱいあるから、穴から内側に入ってくる。もともと内側がマイナスだったところに、プラスのイオンが入り込んでくるから、穴が開いているところだけはプラスとマイナスの差が減る。イオンのバランスが崩れる。
・ナトリウムイオンを通すための穴があり、その穴のすぐ下ではマイナスの度合いが小さい。そして、その穴は「いつでも開いているわけではない」。ある瞬間だけ開く。細胞内外のプラスとマイナスの差がちょっと弱まったときに開く。差が小さくなったときに開くと、ナトリウムイオンがどっと入ってくる。電位差が消えかけると、それがもっと促進される。電気のバランスが崩れると、細胞膜にさらに穴が開いてナトリウムが流れるから、プラス・マイナスの電位差がもっと減る。穴にはそれを察知するセンサーがついている。この穴のことを「チャンネル」という。電位の差が少なくなったと感知したらチャンネルを開く。ゲートを開けてナトリウムイオンを通す。
・穴は細胞膜のそこらじゅうにあるけど、普段は全部が閉じて休止状態にある。細胞のどこかの電位が局所的に崩れると、そこの穴が開く。すると、その電位はもっと崩れる。そこまで電位崩壊がひどくなると、すぐ隣にあったチャンネルも探知して開く。結局、イオンの流れの波が細胞膜を次から次へと連鎖反応で伝わっていく。このチャンネルは開いている時間がとても短い。1000分の1秒ぐらいしか開いていない。並んだチャンネルが次から次へと開いていって、次から次へと閉じていく。こうやって、ナトリウムイオンの流れる場所が、神経線維にそって、突起の端まで伝わっていく。これが神経活動の実態である。
・実際の電位の移動は速い場合だと新幹線と同じくらいになる。
・ナトリウムイオン自身は情報ではない。その電位の差が小さくなること、それが情報になる。ナトリウムイオンはリサイクルされるので、細胞のなかに入ったらまたすぐ外に出る。ナトリウムイオンは神経細胞を伝わって動くのではなくて、内と外をその場で行ったり来たりしているだけである。ドミノ倒しのようなもので、ドミノ自体は移動しないけれど、倒れる場所は次々に移動する。電位差が弱まった場所が動いていく。海の波と同じで、波は水の分子がその場で上下しているだけである。
・神経細胞の線維を伝わっていった〈電位差が崩れる場所〉のことを「スパイク」「活動電位」という。神経のネットワークのなかでは、「スパイク」があっちこっちに走り回って情報をやりとりしている。神経の信号の実体は「電気の動き」、そしてその電気の実体は「ナトリウムイオンの波」ということである。
・神経細胞は1個1個は物理的には離れている。線維と線維には隙間がある。接近している場所で、神経細胞同士が情報のやりとりをしている。その場所を「シナプス」と呼ぶ。情報が乗り換えられる場所、つまり神経同士が会話をする場所である。
・シナプスはたくさんあって、ひとつの神経細胞あたり1万くらいある。1つの神経細胞が連絡をとっている(情報を送っている)細胞の数が1万個ある。神経突起の上をあちこちに豊富に存在している。隙間では活動電位が渡れない。そこでシナプスが伝達物質を出す。それぞれの神経伝達物質は脳のどこから来ているのか、それから神経のどこにシナプスをつくりやすいかという法則がある。だいたいは決まっているが、脳の構造はあまり決定的ではない部分がある。脳が脳らしくあるためのポイントと考えられる。脳は構造としてだけでなく、機能としてもあいまいな部分がある。
・人間の記憶や思考があいまいなのはシナプスに原因がある。「スパイクが来たら、物質が放出される」という放出は確率的なものである。ある時は出したり、ある時は出さなかったりする。しかも、その確率がシナプスによって違う。筋肉を司っている運動系のシナプスはすごく確率が高い。ほぼ100%の確率ででる。しかし、大脳の確率は低く、場合によっては20%ぐらいの確率でしか伝達物質が放出が起こらないようなシナプスもある。
・スパイクは何発も連続でくることもある。2発くると2発目には確率が高くなるものや、3発来たらやっと出るとか、2発来たら2発目は出にくくなるとか、確率に時間が関係してくるシナプスも多い。神経細胞の数は1000億と言われており、大脳皮質は140億といわれる。それぞれのシナプスに1個1個個性がある。シナプスの場合は神経伝達物質がきたらセンサーが感知して開く。電位は関係はない。神経伝達物質がくるとナトリウムが入る穴が開く。受け手側では物質の信号が電気の信号に戻る。シナプスは、スパイク(活動電位)がやってきたら、神経伝達物質がシナプスの間に放出される。受け手のアンテナのことを受容体というが、神経伝達物質がこの受容体に伝わって、また電気に戻る。電気信号が化学信号に変わって、もう一回電気信号に戻る。このプロセスを行っているのがシナプス。
・脳のなかでもっともよく使われる神経伝達物質は「グルタミン酸」というアミノ酸である。グルタミン酸はナトリウムの信号をつくる。もうひとつはγアミノ酪酸といい、通称GABA(ギャバ)という物質である。グルタミン酸とGABAは脳のほぼすべてを握っている。GABAには塩素イオンCl-が流れる。塩素イオンも外側に多いので、内側に向かって流れるが、電荷がマイナスである。塩素イオンが入ると、受け手の細胞は、電位差が広がるので、スパイクが起こりにくくなる。スパイクが起こるというのは電位差が少なくなることでできるため。グルタミン酸とGABAはアクセルとブレーキの関係にある。
・ナトリウムイオンが入るのはちょっとだけで、すぐに外に出される。全体のK+のイオンバランスにはほとんど影響を与えない。塩素イオンも同様で、シナプスの部分だけの話で、シナプス周辺だけにブレーキがかかる。
・シナプスは信号が伝わる方向が一方通行である。それぞれの線維は出口専用、入り口専用と決まっている。他の細胞に変わることを投射するという。
・細胞全体を会議場ととらえ、賛成派(アクセル=グルタミン酸)と反対派(ブレーキ=GABA)がある。そこで最終的に出力をするかしないか、つまりスパイクを起こすかどうかを決める。スパイクを起こすことを発火と言う。発火させるかしないかは出口の根元で決める。出口の根元が議長。議員がシナプスで、反対派は全体の10%か20%くらいしかないが、塩素イオンはたくさん流れる。賛成派は数は多いけれども、ナトリウムイオンはわずかしか流れない。これが全部賛成だったら、いつでもゴーになってしまう。その状態がてんかん。
・基本的に人間の行動は普段から抑制と興奮のバランスで成り立っている。たとえば荷物をグッと持ち上げるときに、筋肉に「持て」という力と「持つな」という力が両方あって、「持て」という力のほうが強いから持ちあがるという仕組みになっている。持ち上がるのだけれど、それと同時に「持つな」という力もここに働いている。そういうバランスがとれているが、そのバランスを崩すこともできる。重量挙げの選手など。
・シナプスはコンピュータのようにいつも正確ではなく、10の9乗ぐらい確度が低いといわれている。コンピュータのほうがシナプスより9桁くらい正確度が高い。
・アドレナリンやセロトニンはどちらかの活動を強めるが、イオンを流すことはない。間接的にシナプスに影響を与える。スパイクを出すか出さないかは神経にとって重要な決定だが、出すか出さないかは単純で「0」か「1」の信号になる。ただし、神経ではその「1」か「0」かの決まり方があいまいである。
・「三体問題」とは地球が太陽を回る運動は予測できるが、月を加えるとどう運動づるのかが予測できない。月食が何年後に起こるレベルは予測できるが、式で書いても完全には解けない。物体がふたつなら解けるけれど、3つになったら急に解けなくなる。
・「三体問題」を解く可能性があるのは「複雑系」によるシミュレーションといわれている。
・全体として秩序が起こることを自己組織化という。魚の3つの癖で説明すると、1つめの隣の魚に近づこうとする癖、2つめの近づきすぎてぶつかると泳ぎにくいため、一定以上近づいたら離れようとする癖、隣の魚と同じ方向に泳ごうとする癖、この3つで群れができることが証明できる。この行動をBOID(ボイド)という。個々でみたら二度と同じ行動はできないが、全体として秩序が起こる。ものごとはばらばらにしただけでは分からない。バラバラにして細部を解析していこうという考え方を還元主義というが、実際には集団になるとまったく思いもよらなかった行動が現れたりする。個々の時と集団のときとは行動が異なる。神経系も複雑系で動いている。
・ヘブの法則とは、ネットワークに情報を蓄えるために必要な法則である。ふたつの神経細胞をAとBとすると、「AとBの神経が同時に活動したら、そのふたつの神経の結合力が強くなる」。
・動物は左側が右側を、右側の脳が左側の体をつかさどっている。右側の脳から出た神経は延髄や脊髄で交叉する。交叉するのをコントロールする分子も発見されている。その分子に誘導されて神経線維が発達段階の時期に交叉する。手足の運動神経が交叉するために使っている分子がある。これを壊すと、左右片方ずつではなく同時に動かすようになる。
・1つの細胞が情報を送っている細胞数は1万あり、1層目を1とすると、2層目は1万、3層目は1億、4層目は1兆になる。対して、大脳皮質の細胞は140億しかない。何回かやり取りしているうちに情報の受け手には自分自身が含まれる。3回も介してやりとりすれば、その情報は自分にまた戻ってくる。密な「反回性」の回路がある。もっとも密な回路は海馬である。その次が前頭葉、視覚野にも多いといわれる。
・入力・出力に直接関係していない神経を「内部層」という。内部層に使われている神経は、ヒトの脳では99.9%を占める。ほとんどの神経は外とのつながりは持っていない。脳のなかだけで情報を懸命に処理している。人間の脳は情報処理に特化している。
・シナプスが情報を受け渡すのに1000分の1秒。最終的には0.01秒の単位で処理が完了するわけなので、シナプスを数百回ほども介せば脳の情報処理は完全に終了できる。これは「脳の100ステップ問題」と言う。
・染色体の数と進化上の高等さは一切関係ない。シダは500本以上ある。
・アセチルコリンは記憶の想起と関係がある。
・自然淘汰とは、生物を取り巻く環境の変化に合わせて遺伝子が変化して、生物が環境に適応して進化するというプロセスである。生存に不利な生物は淘汰される。環境に有利な生物だけが生き残る。自然淘汰は繁殖をターゲットにしている。環境に有利な個体が子孫を残すか残さないかで決まる。環境に適応できなければ子孫を残さない、というのが自然淘汰の原理として厳然として存在している。現代の医療技術がなければ排除されてしまっていた遺伝子を人間は保存している。人類は自分自身の体ではなくて「環境」を進化させている。遺伝的な進化を止めて、逆に環境を支配して、自分に合わせて変えていっている。現代はデザイナー・ベイビーなどの環境とは関係ない進化、人間の欲望が進化の法則になりつつある。進化のプロセス自体が進化し始めた。
・身体が脳を決めている。身体が脳を主体的にコントロールいている。パラダイム・シフト。脳は身体をコントロールしているが、同時に身体は脳をコントロールしている。だから、脳と身体を分けてはいけない。身体の機械化は、心を保ったまま脳を変えたら、変えた瞬間は自分かもしれないが、その後、脳が自在に再編成できなくなる。身体から脳への還元がなくなる。
・心を生み出すのは言葉である。極言すれば心は咽頭がつくったともいえる。
・ジェームズ=ランゲ「悲しいから涙が出るんじゃない。涙が出るから悲しいんだ」という表現は半分正しい。
・シナプスの結合力は記憶力と関係がある。シナプスの結合力が変化すると、記憶力も変化する。
・ヒトの脳は柔軟性を生むために進化した。
・意識の定義以外を無意識とすると、おそらく人間の行動のほとんどは無意識、脳の奴隷にすぎない。
・ほとんどの行動が無意識に行える、ということは考えることが少なくて済む、情報をいちいち吟味したり選択しなくても、ある程度無意識にできる。労力を少なくできる、という利点がある。
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私たちのような難病患者は、身体が変化してしまっています。
この病気は、VG5Qという遺伝子に問題がある可能性があります。
遺伝子が問題にある場合、人間は自分の身体ではなく環境を進化させ始めました。
しかし、身体というのは脳にとっての環境との接点であり、環境そのものでもあります。
進化的に余裕をもった脳は、身体という環境をコントロールできます。
コントロールする方法は、ある程度限られた例数のなかからそのルールを見つけて、それを一般化することによってです。
一般化する方法はなんだったでしょうか。
汎化=ある程度限られた例数のなかからそのルールを見つけて、それを一般化するのために有利なプロセスが「抽象化」です。
抽象化とは、ものごとを個別に考えるのではなくて、一歩下がって「これらを結びつけるものはなんだろう」という抽象的な考え方ができることです。
人間が抽象的な思考ができるのは、「言葉」を持っているからです。
意識とか心というのは多くの場合、言葉によって生まれています。
人に心がある〈目的〉は汎化=ルールをみつけるためです。
脳は汎化をするために、ゆっくりと、あいまいに情報を蓄えています。
脳のあいまいさはシナプスの構造からきます。
人間には〈心〉を活用して抽象的な思考をして、そして周囲の環境から基底ルールを抽出して、それを未来に向けて蓄えて、応用して、環境に適応しています。
言葉が意識を生み出します。
意識は何だったでしょうか。
意識の定義とは「判断できること」「表現を選択できる」こと、短い時間の情報をとっておく短期記憶をもっていること、意識は選択できるための根拠、「過去の記憶」=経験を、自己組織的な働きで価値判断の基準に仕立てること(可塑性)、でしたね。
自分がさっき何をしたのかを覚えていて、照らし合わせる記憶から判断して表現を選択すること、が意識でした。
そして、実は先に運動前野という運動をプログラムするところが動き始めて、そのあとに「動かそう」という意識が表れます。
意識していると思い込んでいるだけで、人間の行動のほとんどは無意識、ということでした。
そして、ほとんどの行動が無意識に行える、ということは考えることが少なくて済む、情報をいちいち吟味したり選択しなくても、ある程度無意識にできて、労力を少なくできます。
難病で身体が変化⇒
身体を環境的に進化させる必要⇒
進化的に余裕をもった脳は、身体という環境をコントロール可能⇒
コントロールする方法は、ある程度限られた例数のなかからそのルールを見つけて、それを一般化することによる⇒
一般化することに有利なプロセスが「抽象化」⇒
抽象化とは、個別にものごとを捉えるのではなく、「これらを結びつけるものはなんだろう」と考えること⇒
抽象化するために必要なのが「言葉」⇒
言葉は「意識」を生み出した⇒
意識とは「判断すること・表現を選択すること」「過去の記憶、経験を価値基準に仕立てること」「短い時間の記憶を保持していること」⇒
人間の「行動」に意識が占める割合は実は小さい⇒
人間の「行動」は無意識が支配している割合が大きい⇒
人間の「行動」はある程度無意識で行えることで、労力が少なくて済む...
私たちが取り組むべきことがみえてきたと思います。
身体を環境的に進化させるために、身体をコントロールします。
そのコントロールする方法は、ルールをみつけて一般化することです。
一般化するためには、「個別にものごとをとらえるのではなく、これらを結びつけるものはなんだろう」と抽象的に、言葉で意識して考えることが有効です。
意識することに必要なのは、何をしたらまずかったか、という過去の経験と、今さっき自分が何をしたのか、という短い時間の情報と、次にどう動くべきか、という判断し、表現を選択することです。
しかし、脳のシステムも身体のシステムも、大変複雑です。
だから、私たちの行動の多くは、私たちが考えているより多く無意識が支配しています。
無意識の存在を無視することはできません。
・・・これ以上進めると、また混乱しそうですね(笑。
とにかく、無意識の運動が鍵です。
物体がふたつなら解けるけれど、3つになったら急に解けなくなる。
このことを三体問題と言いました。
全体として秩序が起こることを自己組織化と言いましたね。
そしていくつかのルールが当てはめると、個々でみたら二度と同じ行動はできないが、全体として秩序が起こります。
これが複雑系の考え方でした。
人間の身体で当てはめましょう。
「机にあるものをとってください」という運動の課題があるとします。
あるものを掴もうとするために人は手を伸ばします。
手の動きの軌道は、施行(課題を行うごと)ごとに変わりますね。
厳密に「さっき通った手の軌道をもう一回とろう」と思っても、とても難しいことが分かると思います。
なぜ難しいかと言えば、手足には自由度が存在しているからです。
ヒトの手足の運動学的な自由度数(独立した関節軸の数)は、通常は運動課題を記述するのに必要なパラメータ数よりも多いです。
無限の選択肢の中から、ある1つの運動パターンを選択する問題は、『ベルンシュタイン問題』と呼ばれています。
ベルンシュタイン問題とは、選択の問題です。
何を隠そう、ニコライ A.ベルンシュタインこそ自己組織化の研究の先駆者なのです(!)。
そして、実はベルンシュタイン問題は、いまも解答が出されていません。
予言(?)しておきますと、ベルンシュタイン問題は複雑系の考え方で解答が出されるのではないか、と思います。
あれこれ考えて、意識して動かすのは錐体路でしたね。
錐体路の解剖的根拠を探ると、錐体路である皮質脊髄路は大脳皮質から生じ、サルの解剖では約40%は運動野固有のものであり、約60%は前頭葉あるいは頭頂葉から生じます。
前頭野は意思、言語、気力、思考、談話、連絡・動作、性格・適応などに関与しています。
意識は言葉から生まれます。
聖書にもあるとおり、「はじめに言葉ありき」です。
だから、純粋な運動野からの指令は40%程度、と考えてもいいのかもしれません。
あと60%は、意思、言語、気力、思考、動作、性格などに繋がっています。
「何かをしよう」という意識のモトですね。
さて、この錐体路は赤核脊髄路という錐体外路系に、四肢の繊細な、熟練した、巧みな運動機能の大部分を引き継がせることができる、ということでした。
赤核は脊髄に対して“理解できる”運動指令の形成過程に極めて重大な部分です。
この赤核は、末梢からの刺激に応じて骨格筋の活動・緊張を無意識のうちに調節中枢し、中枢からの複雑な刺激に対する運動を無意識的に調整する小脳にも繋がっています。
脳におけるポイントが絞れてきたと思います。
赤核と小脳です。
赤核はベルンシュタインの概念であるレベルA、すなわち筋緊張の最も重要なポイントです。
小脳は無意識の運動の調整に最も重要なポイントです。
運動前野ではない運動のプログラムされているところは、小脳のプルキンエ細胞といわれています。
小脳のプルキンエ細胞層には脳のなかで最大のニューロンがあります。
この細胞は抑制性(GABA)で、小脳唯一の出力要素です。
サルにおけるプルキンエ細胞の活動は、屈曲あるいは伸展のどちらか一方向の力を出している時には相反性に活動しますが、屈筋・伸筋が同時に活動している場合には抑制されます。
仮説として、プルキンエ細胞の活動は、拮抗筋活動の抑圧に関与している、というものがあります。
小脳は大脳には直接繋がっていません。
したがって、言語からは遠い=無意識、といえるかもしれません。
しかし、小脳は学習できるのではないか、という仮説があります。
小脳の学習モデルのなかに、物理学のホログラフィーの原理、というものに基づいたものがあります。
もし1つのシナプスに同時に異なる場所から2つの信号がやって来たとすれば、そのシナプスはその出来事を記憶し、その状態を永久に変化させるのではないか、というものです。
これは池谷先生の紹介している、「AとBの神経が同時に活動したら、そのふたつの神経の結合力が強くなる」のヘブの法則に則っていると思われます。
この記事のまとめ
◆無意識の行動における脳のポイントは赤核と小脳である。
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