ベルンシュタイン IV 動作の構築について(6)
脊髄の引き金機構
脊髄のレベルは、人間における運動制御のレベルの中でおそらく最も古く最も低次のレベルに違いありません。第III章で取り上げた原始的な運動細胞は、さまざまな神経細胞の中でこのレベルに含まれるものの一種です。あらゆる運動インパルス、すなわち筋への収縮指令は脳の運動中枢に起源をもちますが、このインパルスは必ず脊髄の神経細胞を経由してから筋へ作用します。
私たちの身体にある筋はそれぞれ、何万、何十万本もの細い線維束からできています。この束を筋単位と呼びます。それぞれの筋単位には一本の細い運動神経線維が伸びてきて、末端で枝分かれして筋単位の各線維に接合しています。運動神経線維は、特定の筋単位を興奮させる引き金になる脊髄の原始的な細胞に起源をもちます。幾千もの筋単位に対応して、運動神経線維と脊髄の中の引き金神経細胞もまた幾千となく存在します。これら幾千もの引き金細胞は身体に装備されたすべての筋に逐一対応した鍵盤のようなものを形成しています。ナの17411番という筋単位を賦活させるためには、やはり引き金細胞ナの17411番を賦活させる必要があります。
すでに述べたように、脳からのインパルスは直接筋へ届くわけではありません。これらのインパルスは、脊髄の引き金細胞という鍵盤に働きかけるにすぎないのです。脳から伸びる神経線維はだかいに決して交わることなく脊髄にそって下行し、それぞれの分節まで伸びていきます。そこで枝分かれした終末は、脊髄細胞(鍵)のほうへ近づいていきます。脳の一つの「階層」つまり一つのレベルから出たインパルスは脊髄にそって駆け下り、その時点で賦活すべき筋単位の引き金網胞を興奮させます。
直接賦活経路ともいわれる錐体路も、脊髄の中で一度ニューロンを終えて、別のニューロンに繋ぎ変えて、末梢の筋へ神経が伸びていきます。
はるか昔、下等な脊椎動物においては脊髄がかなりの程度独立していました。体表面からの感覚信号はただちに引き金細胞を作動させ、単純で単調な動作を引き起こしました。第III章ですでに指摘したように、巨大な爬虫類の脊髄は後肢につながる部分が特に肥大していました。これにより、ほとんどの動作を行うにあたって脳まで信号を伝える必要がなくなり、信号伝達時間が大幅に遅れるのを防ぐことができました。
しかし、哺乳類や人間では状況が一変しました。健康であれば、脊髄はもはや独立した動作を行わなくなって久しいです。運動の制御はすべて脳の運動中枢へ移行しました。脊髄構造の基本原理である分節構造においては、それぞれの分節が椎骨ごとにある程度独立していたのですが、今やこの原理は廃れてしまいました。動物たちがすばやく、敏捷になり、ある場所から別の場所へと移るための移動運動が生活の中で重要な役割を果たすようになって以来、脊髄構造は役に立たない時代遅れの遺物となってしまいました。というのは、これらの動作は脳の最高次の指令のもと、すべての筋を統一的に、協応させて活動させることが必要だったからです。脊髄はその後、先ほど鍵盤にたとえたとおり単なるインパルス伝達器、すなわち引き金機構としての役割を徐々に果たすようになっていきました。この変遷期は人間において終結しました。
以上が、私たちの身体の中で脊髄レベルが生き残れなかった理由である。脊髄は、なんらかのかたちでそれをいつまでも必要としていた最後のモヒカン族すなわち原始爬虫類と共に絶滅してしまったのです。
モヒカン族というのは、白人から土地を奪われたネイティブ・アメリカンの部族のことです。
脊髄は単なる引き金機構になった、ということのようです。
脳がないならば、もっとも単純な動きしかできません。
刺激がきたら反応する、というレベルです。
私たちの中枢神経系の中で、現在もなお実際に生きのびている動作構築のレベルについて話を戻しましょう。それらについて、最も話家で最も古いレベルから、最も複雑で意味深い動作と行為を制御するレベルまで一つ一つ詳細に見ていきましょう。
まずはレベルAの詳細についてです。
この記事のまとめ
◆人間において、最も古い中枢神経である脊髄は、鍵盤にたとえたとおり単なるインパルス伝達器、すなわち引き金機構としての役割を徐々に果たすようになった。
◆人間において、脊髄は独立した動作を行わず、動作を制御しない。
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