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ベルンシュタイン III 動作の起源について(9)

横紋筋が出現したあと、手足が発生します。
まずは魚です。

体肢の発達

 二つめの革新は、関節のレバーと横紋筋を備えたネオキネティックシステムが確立した後、自然に現れました。その革新とは、体肢の発達です。下等な軟体動物には体肢がありませんでした。 魚類では体側部のひれが体肢の原型にあたりますが、これらは体を推進させる役目を果たしません。泳ぐときに使うのは推進器の役目を果たす尾びれと、うねりの動作で水を掻く背びれと腹びれです。側部のひれは主に深さの舵取りに使われます。また、わずかではあるが方向の舵取りにも使われることもあります。このようなひれは、のちに体肢へと変形していくのですが、それは脊椎動物が上陸してからのことでした。進化のある段階で、魚は川や沼や海が混雑しすぎていると感じました。そこで脊椎動物は、地球環境のうち水中だけでなく残りの部分をも征服しようと試みました。
 空中(トビウオなど)や地上(キノボリウオや水陸両生の魚)に進出しはじめたのです。

Jp31

車が渋滞していて、思い切って通ったことのない小道に入った感じかもしれません。
魚類の次は、水と陸地の両方で生活する両生類の登場です。
一番身近な両生類にカエルを挙げています。
オタマジャクシはカエルの子です。

 魚類の次に出現した脊椎動物は両生類です。この名は、ギリシア語の「二つの生をもつ」という言葉に由来します。両生類はすでに本物の体肢(脚)をもっており、体肢の骨格は魚のひれと同じ放射状の形、つまり手のような形を継承していました。進化はここでもその伝統にしたがって、急激な革新を避け、あり合わせの材料を使って新しい器官を創り出しました(体側のひれから脚、魚の浮袋から肺、というように)。最も身近な両生類であるカエルには、先祖代々水生脊椎動物の上陸の歴史が刷り込まれており、一匹一匹が一生の中でこの上陸劇をみごとに再現します。カエルははじめ魚として生まれます。生まれて間もないおたまじやくしのころにはひれさえなく、えらで呼吸します。その後、足と尻尾が出現すると同時にえらはなくなります。

水という環境と手足、体幹というのは重要な繋がりがあります。水を怖がらない人なら、水の中に入るとリラックスできる人も多いと思います。

 体肢の出現はきわめて根本的で重要な革新でした。体肢は、体節からなる体の構造をもたらした古来の刺激[水]がなくなると出現し、体幹の構造をつくる古めかしい原則を打ち破って発達しました。このような発達の経路を知ると、つぎのような疑問が解決します。はじめに、たとえば体肢の筋の神経支配に関しては分節化の原則があてはまるにもかかわらず、体肢はなぜまったく分節化していないのかという点。次に、もう一つの非常に重要な事実に注目しなければなりません。脊椎動物が空間移動(移動運動)を行うためにネオキネティックで大規模な運動シナジーが発達し、最終的には移動のために近代化された道具としての体肢が発達したのですが、こうした革新のすべてに対応する特殊な装置を中枢神経系が備えることを導いたという事実です。異なる綱に属する動物の脳を解剖し比較してみると、このような一連の革新は、それ以前の他のどの発達段階よりも中枢神経系が真に中枢化するのに貢献したことがわかります。ここに至ってはじめて、脳の名を冠するにふさわしい構造が登場したのです。

分節化のくだりは私も理解不足なのですが、分節とは何かというと、ゲシュタルト心理学の分野では、「一つに融合した構造をもったものが分化して、相互に関連を持つ組織的な構成部分を形成すること」とあります。
背骨の中には脊髄という太い神経の束が脳に繋がっています。
背骨の関節の間からは感覚を脳に伝えるための神経と、脳からの運動の命令を筋に伝える運動神経が伸びてきています。
脊髄は上下に連続してならぶ31個の分節で構成されていて、各分節からは前根および後根が出ます。
皮膚の感覚に関してはデルマトームといって、脊髄から伸びる神経が順番に身体の表面に並んでいます。
「体肢はなぜまったく分節化していないのか」という表現は、ちょっと難しいですが、脊髄の分節にしたがって分かれている=ムカデの姿のように1つの分節から1本の脚が出ていない、とここでは解釈しておきます。
ムカデは節足動物です。
節足動物=1つの脊髄の節に1つの足、なのかもしれません。
魚のひれを見てみると、いくつもの線が縦に走っています。
これは分節がある程度まとまっていることを示しているのでしょうか?
ちなみに、指は指先に向かって3つの節に分節している、と表現しますし、手、前腕、上腕の3つも分節構造と呼びます。
正しい解釈が分かったらまた訂正します。
まとめますと、
1.水がなくなることで、体肢が生まれた。
2.体肢が生まれることで体幹の構造が変化した。
3.体肢は筋は分節化した構造をしているが、体肢そのものは分節化していない。
4.手足を移動手段として使うために脳が発達する必要があった。
次に向かいます。

 脊椎動物の中枢神経系の中で最も古い部分である脊髄(および脊髄を頭の内まで伸ばした部分、いわば「頭部の脊髄」である延髄と脳幹)は今でも分節構造をもちます。新しい脳神経細胞は、進化の過程でいうと「魚」の時代に現れ、脚をもつ最初の動物、カエルで完成しましたが、この時点ですでにまったく分節化しなくなっていました。この神経路は、脊髄全体や、とくにすべての体肢を制御します。さらに重要なのは、両生類の運動や移動を制御する最高次の脳構造の活動(これは後の章でレベルBと呼ばれる)はネオキネティックシステムの法則にしたがうということです。つまり比較的高い電圧で、全か無かの法則に則って、すばやく信号を伝達します。それより古い脳の中枢は、両生類では体幹部の運動制御(これをレベルAと分類する)のために残っているが、原始的な運動の法則にしたがって作動します。すなわち、電圧が低く、インパルスの速度が遅く、古い化学的な信号伝達が主要な役割を果たします。人間の脳はカエルの脳と比べると偉大な王の城と粗末な小屋ほどの違いがあるのですが、驚くべきことに、そのような人間の脳でもレベルAとレベルBははっきりと区別されていて、それぞれ首および体幹部の制御と手足の制御とを分担しています。古くて分節化された体幹部のレベルAは、人間において今でもかなりの程度までそうした原始的な法則にしたがって働いています。

脳といえば、しわが入った球体をイメージすると思います。
節(ふし)の形にはなっていない、という解釈でいきます。
節とは、一般に、物の盛り上がったり瘤のようになったりして区切り目にもなっている部分のことです。
レベルAとかレベルBとかの考え方は、ベルンシュタイン独自の表現のようで、私はこの本ではじめて目にしました。
そして他の本ではまだお目にかかっていません。
ということで、一般的でないので「そういうものか」程度でよいと思います。
ここで重要な点は、分節化された体幹部の中枢神経のレベルAは、人間において今でもかなりの程度まで、電圧が低く、インパルスの速度が遅く、古い化学的な信号伝達が主要な役割を果たすという、原始的な法則にしたがって働いている、という点です。
古い中枢神経系であるレベルAは、体幹の緊張に深く関わっています。
ベルンシュタインは、のちの章で出てきますが、首と体幹(脊柱)の横紋筋に対して、内臓の平滑筋と同じような、なめらかで、ゆっくりとした、経済的な収縮で中程度の力を発揮することができる能力を持つのが、中枢神経系の最も古いレベルAである、としています。
体幹の筋緊張と水の刺激が深い関係があるのは、太古の刺激に対応した古い中枢神経が優位に働くから、なのでしょう。

この記事のまとめ
◆水がなくなることで、体肢が生まれた。
◆体肢が生まれることで体幹の構造が変化した。
◆分節化された体幹部の中枢神経のレベルAは、人間においても別ものである。
◆レベルAでは、今でもかなりの程度まで、電圧が低く、インパルスの速度が遅く、古い化学的な信号伝達が主要な役割を果たすという、原始的な法則にしたがって働いている。
◆レベルAでは体幹の筋の緊張をコントロールしている。

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